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giorni (番外)

最後のコンチェルト

 ←「最後のコンチェルト」となります、次回作 →今年もお世話になりました!
 淡い陽の光が日中地表を暖めたせいか、冬にしては過ごしやすい日のこと。ミュンヘンもクリスマスシーズンに入り、夕暮れの街にイルミネーションが灯る。人々は寒さ以上に、家族や友人と過ごす時間への期待が膨らむ。孤独な者にとっては、わびしさの募ってしまうことだろう。 
 数年前までは、このシーズンをクラシックの素地としての信仰について再考する期間として、孤独と向き合わず過ごしていた男がいた。彼は、今では押しも押されもせぬ指揮者として、ミュンヘンフィルに君臨する、カン・ゴヌその人である。「クリスチャンではないのだから」と言い放つ意固地な彼を、やはり独り身の友人知人がムリに誘って連れ出したものである。
 子どもの頃から、クリスマスや正月が嫌いだったのは、家庭の暖かさ一色になってしまい、ふだん忘れている悲しみに直面しなくてはならないからだ。彼が孤独から解放されたとき、それがいかに根の深いものだったかを痛いほど感じたのであった。



Mozart Clarinet Concerto mov.2

https://www.youtube.com/watch?v=-YYc-S2UDZA&index=2&list=PL50A27D6C166DD79C

 10年ぶりに韓国へ帰り、彼を真摯に愛する女性に出会い、今では伴侶としていつも彼の傍らにいる。クリスマスシーズンをトゥ・ルミと過ごすのは4度目となる。 この年の秋、つまり遡ること2カ月ほどまえ、カン・マエとルミは日本の女性ピアニストからのプレゼントで、戯れ甘いひとときを過ごした。その送り主であるピアニストが、突然このウィーンのカン・マエ邸を訪ねた。
 一応、電話はあったが来訪の一時間前なのだから、突然ということばに間違いはないであろう。 呼び鈴が鳴ったときルミが電話中であったため、玄関ドアを開けたのはこの家の主カン・マエその人である。
「急にすみません、夫もあとから私を迎えに来ますのでよろしく。先日はつまらないものを送ってしまって、すみませーん、オットにすごく怒られましたわ。重ね重ね申し訳なかったです」 
 紅茶色がかったオカッパ頭の女性、ノダメことメグミ・チアキはそう言うと、ニッコリ美人妻風の笑顔をカン・マエに向けた。共演などの機会があり、多少彼女のことがわかるのでふだんの彼女とは違う、大げさな振る舞いに感じた。謝るより、面白がっているにちがいない。 
 カン・マエが客間に彼女を通すと、ノダメはきれいな包みを差し出した。
「あの、これどうぞ。ローテンブルクで買ったばかりのシュネーバルです」 
 すまして言う彼女に、カン・マエは常識人然と応えた。
「ああ、それはどうも。ルミは喜ぶでしょう」
「カン先生、またぜひお仕事させてくたさいね」 
 ノダメは指揮者の夫や同じピアニストの義父の近況についてしゃべりはじめた。それから彼女の友だちでカン・マエが知っていると思われる人物についても、同様に。
「あ、大事な人忘れてた~、そうそう今度、チョン・ミョンファン先生と共演するの」 
 カン・マエは瞬時にふたりが演奏する様を想像して、ギョッとした顔になる。こんなに傾向が似た者同士が、意気投合していったらアドリブだらけの好き勝手な演奏になりはしないか多少心配にもなるが、他人事なので口をはさむことはない。
「なーんですかー、その反応。ま、そんな反応は先生だけじゃないですけど。でもモーツァルトのピアノ協奏曲なんですよ」
「ほう、モーツァルトか……」
 細々とした専門的な話をしていると、そこへやっとルミが来た。カン・マエは女同士の楽しみを邪魔する気もなし、書斎にひっこんだ。
 ルミは、テレビモニターやオーディオセットの揃ったリビングへ案内した。
「ノダメさん、よく来てくださって……ローテンブルクからわざわざ」
「ここは、同じドイツのバイエルンでしょう、近いもんですよ。あ、それよりもカン先生とルミさんは、新婚さんでしたね、お邪魔しちゃったかしら?」 
 ノダメは嬉しそうにへらっとした顔で言うと、ルミは恥ずかしそうに微笑んだ。
「そんな……結婚するまえにも一緒に暮らしていましたし。あの、ハロウィーンの衣装たくさんありがとうございました」
「あの贈り物は役に立ったでしょ。」
と、言いかけてノダメは口を両手で押さえた。ハロウィーンのコスプレ衣装のことだ。
「楽しいハロウィーン! きっとマエストロ夫妻にも役立つに違いない」と夫のシンイチ・チアキに向かって言ったら、即座に彼は目を吊り上げ、絶対によそで口にしないよう強く申し渡したのであった。
「あははははー。そうそう、今日来たのはね、一緒にモーツァルトの映画を見ようと思って。もうすぐモーツァルト弾くし、ローテンブルクで買い物していたら、カン先生とルミさんの家が近いことに気がついたの。オットと合流するまで少し時間もあるし……突然でごめんなさい」
 ノダメはカン・マエと共演した折に、演奏者たちの口の端にのぼる彼が大事に大事にしている奥さんとは、いったいどんな女性か興味をそそられていた。挨拶は交わしたことがあるが、どんな女性なのだろう。また、奥さんと一緒のときのカン・マエはどういうふうか、ということも。これは誰しも共通の関心事である。しかし、それについては面白いことはなさそうだ。ふつうの夫婦と同じ、一緒にいることがあまりにもしっくりして自然なので、残念ながら「フツーだよ」としか言えないであろう。カン・マエの夫ぶりも同様である。結婚して間がないはずにもかかわらず、ということは、おそらく似合いの夫婦とはこんなふたりのことを言うのだろう。ノダメは数秒頭を働かせて結論に達したらしい。
 ノダメはおしゃべりが大好きである。ピアノ演奏よりも好きなぐらいだ。だから、あれこれ考えるより早く口が動く。演奏旅行やパリの生活のこと、楽しみ、苦労やハプニングなどのエピソードをひとしきり話し終えると、満足そうにして言った。
「……でね、夜はミュンヘンのクリスマスマーケットにシンイチと行くの」
「そう、とても素敵よ。私もご一緒しようかな、主人に頼んでみます」
「わぁ、そう。それは楽しいわ」
「私もですよ」
 ルミはノダメに心からの笑顔を向けた。ミュンヘンのこの家にカン・マエでなく、自分を訪ねてきてくれたことが嬉しいのである。
「あなたは、聞き上手ね。私の話を最後まで聞いてくれる人ってめったにいないのよ」
 ノダメもルミが気に入ったようである。今度はマエストロの妻としてのルミではなく、トゥ・ルミという新しい友人として訪ねようと心に決めた。

 秋の終わり、ミュンヘン郊外の家々に木枯らしがときおり吹き荒れ、曇り空がいっそう薄暗くなる季節、虚ろな風景が一歩外に出れば広がっている。
 ノダメとルミがみはじめた映画の世界は、対照的に甘い春のようである。18世紀後半のウィーンの宮廷や歌劇場、サロン、華やいだ雰囲気。音楽は柔らかく、清らかに美しく、場面にもよく合っているのもそのはず、モーツァルト映画にモーツァルトの楽曲なのだから。
 160分の映画のなかで、主役のトム・ハルス演じる「ヴォルフィ」はほとんどバカ笑いをしてオチャラケている。悲しい場面もあるが、印象に強く残るのは、底抜けに明るい彼だ。
 映画が終わって、ふたりはポツポツ感想を口にした。
「こんな調子だったのかしらねえ、モーツァルトって」 ルミがそう言うと、ノダメは小首をかしげた。
「まあ、これは映画だからねえ。でもほら、やっと公開された従姉妹へのモーツァルトの手紙、すごかったよねえ。品がなさすぎて、公開が先送りされたとか」
 ルミもその手紙のことを知っているので、口に手を当てて含み笑いをした。
「曲は上品で素晴らしいのにね。それに明るい曲が多いし、そうそう短調の曲って珍しいと思います」
 ルミが言うと、ノダメは目のまばたきで返事をした。
「それは、確か、当時の依頼者の好みだったとか、風潮や流行、うーんと、そうねえ、そういうよりも、音楽はBGMみたいな扱いだったから、重たい音楽は合わないわよね。コンサートホールでじっくり聴くというのは、もう少し後の時代じゃない? ……もしかしたら、彼はもっと別なものを作りたかったのかも」
 ルミが続けて言うと、ノダメはしばらく黙って後に応えた。
「そうね、モーツァルトって神童とか天才とか、王侯貴族、たくさんの聴衆に褒め讃えられたところばかり強調されているけれど……オチャラケて面白い面も強調されるけど……実際は、たくさんの悲しみを抱えつつも明るい曲を作り続けたんだと思うな」
 ノダメは、おとなになって以降のモーツァルトについてとうとうと話しはじめた。パリを訪れたときに、母親を失ったこと。あれほど神童と騒がれたのに、それほどもてはやされなかったこと。失恋、結婚。教育パパだった父の死。六人子どもをもうけたものの、4人は幼いうちに失ってしまう。
「それでも、依頼されたら明るい曲、軽快な曲を作らなくてはならない」
 ノダメは、そう言って窓の外に目をやった。そして、また口を開いた。
「本人の浪費癖はしかたないとして、地位が安定しないことゆえに収入も十分でなかった晩年だったのね」
「30代が晩年、というのは悲しすぎる……」
 ルミはそう言って、みるみる目に涙をためた。 ノダメは深くうなずきながら、また話しはじめる。
「それでも、明るい曲を書いたのね。でも、年を重ねていくに従ってだんだん、深みを増していくでしょう。私、クラリネット協奏曲が大好きなの」
「そう、どんなところが?」
「達観した明るさというのかな」
「ちょっと待ってね、うちに良い音源がないか、先生に訊いてみるわ」
 ルミはそう言って、書斎にいるカン・マエからCDを受け取って戻ってきた。ノダメはジャケットを見るなり、言った。
「あ、これは、こちらのマエストロとも親しい、マエストロ・チョン・ミョンファンの」
「そう、今年の録音なの、聴いてみましょう」
 ノダメは今度は曲について話しはじめた。かつては曲のアナリーゼが不得意だった彼女だが、きっかけがあって今では指揮者の夫よりも熱心なぐらいである。
「当時はまだ新しい楽器だった、クラリネットはね。さっそくこんなに美しい曲を作ることができたなんて驚きだし、後年の作曲家たちのお手本を示していったような感じね」
  ノダメはそう言いつつ、自分のことばにうなづいた。 曲は第2楽章に入った。ここのクラリネットは、神々しいまでの滑らかなメロディーがゆっくり流れていく。 ノダメの表情は恍惚として、目の焦点はどこに合わせているのかわからない。物憂い声で、言う。
「天に召されてしまう、3ヶ月前なのよね。間近に死が迫っているとは、思わなかったでしょうけど」
 ルミは、ポツリと言った。
「なんて優しい」
「なんていたわりの気持ちに溢れている」
 ノダメとルミは一緒に聴きながら、しずしずと涙が流れるのを止められなかった。下品で軽薄なヴォルフィは、同時にミドルネームのアマデウスの意味、神から愛される音楽家であったことを感じずにはいられない。
 独奏楽器と弦楽器が呼吸を合わせて合奏するところは、まさに神からのことばを受け取るようだ、とルミは思った。 溢れる涙を拭おうともせず、ふたりはモーツァルト最後の協奏曲の、第2楽章に魅了され続けた。

 シンイチ・チアキが到着し、カン・マエが玄関ドアを開て招き入れる。そして、奥のリビングに入るや、夫たちは瞠目した。あまりにも妻たちの目が真っ赤になっていたからである。映画を一緒に観ることは聴いていたが、それがモーツァルトの伝記映画であり、しかし泣くほど感動したのは、音楽そのもの、彼の最後のコンチェルトゆえだとは。ふたりの指揮者でもある夫は、顔を見合わせた。あまりに純な涙を流す妻たちに、驚嘆して。
 ふたりきりなら、妻を抱きしめたいところが、そうもいかないので、夫たちは涙を拭くハンカチを差し出すにとどまった。

 辺りはすっかり暗くなり、冬空に星が瞬いている。
 コート姿の四人は、タクシーを降りミュンヘンの中心へ向かっていた。ランドマークでもある、ネオ・ゴシック様式の市庁舎の周囲にキラキラした屋台がずらりと並んでいる。並ぶのはオーナメントにモビール、ピラミーデ(円錐形の燭台)、キャンドルなど、クリスマスに欠かせない主工芸品である。
 ノダメにとっては、ドイツのクリスマスマーケットがはじめてということもあり、その規模の大きさ美しさに目を見張っていた。ルミは彼女の品定めを手伝う。
 チアキの携帯が鳴ったため、その場から少し離れた。
 カン・マエは、ふとふたりの女性の後ろ姿を視界に収めた瞬間、はっとした。白いダウンコート、ショートヘアのノダメ、ベージュのカシミアのコート、髪を伸ばしている、トゥ・ルミ。背の高さはほぼ同じである。
「やっぱり似ているな。後ろ姿だけなら、間違えても当然だ」 
彼が韓国からヨーロッパに復帰したばかりのコンサートの折り、招かれたパーティでノダメの後ろ姿にルミを見たことを思い出した。髪型もあの頃はほぼ、同じ印象であった。しかし、何というタイミングでだったことか。
 彼はあのときの、思春期の少年のように追慕の情をコントロールできなかった自分を面映く思い出す。彼の年齢に合わない、甘酸っぱさも伴った場面だ。その情にどうにもならなくなった、自分自身を愛おしむ。健全な恋愛感情を持ち得たことが、不思議でもあり必然にも感じられた。彼は人ごみの中にいることを忘れて、表情を甘く緩ませていた。
 電話を終えたチアキはカン・マエの、見たこともない柔和な表情に声をかけるのがためらわれ、また貴重なものであると感じ、しばらく黙って彼と彼の視線の先にある女性を見つめた。

「シンイチくん、これこれ、見て」
 ノダメは無邪気に振り返り、夫に銀に輝くクリスマスオーナメントを掲げた。
 カン・マエはふだんの表情に戻り、ノダメとチアキに言った。
「おふたりで買い物をゆっくり楽しんでください。私は古い知り合いの店を訪ねてから、レストランへ向かいます。そこで落ち合いましょう」
「えー、カン先生、私もその知り合いのところに行きたいな」
 チアキはすぐさま、首を横に振った。
「いえ、いいんです」
 そして、日本語で妻に向かって言った。
「こら、ノダメおまえちょっとは遠慮しろ。おふたりは新婚、まだラブラブなんだよ」
「ラブラブ!? じゃ、こっちも負けずに」
 ノダメはデレッとした顔になり、さっそく夫を引っ張って物陰へ行った。

 ルミは去っていくふたりに微笑んだ。
「あのおふたり、見ていて楽しいわ」
「まあ、そうだな」
 カン・マエは深い意味なく応えた。
「私は退屈じゃない? ノダメさんみたいに、プロの音楽家でしかもあんなふうに面白い人のほうが良かったんじゃない?」
 軽い調子で口にしたルミに、カン・マエは微かに首を横に振る。
 おまえでなくては、ダメなんだ。あれからその気持ちが揺らいだことはない。
「面白い人間ならいくらでもいる。しかし、そばにいて心から安らげるのはこの世にたったひとりだ、またそう何人いてもしかたがないしな」
 ルミは、彼の低い声で発せられたことばに、目をしばたたく。
「それは、私なんだ。わーい。たったひとりが私なんだー」
 当たり前だろう、何を今更、と思いながらも素直に喜ぶルミが可愛い。
 カン・マエはクリスマスマーケットの一番端まで来ると、彼女の手をひいて、建物に添って立つ彫刻の陰に歩み寄った。夜の帳のなか、ライトアップされたゴシック建築の市庁舎が向こうに見える。
 彼は、妻の肩をぐっと抱き寄せた。十分暖かいコートに包まれた身は、お互いの体温の暖かさが加わり、決して消えることのない愛の炎が灯っていることを実感するのであった。


ミュンヘンのクリスマスマーケット
https://www.youtube.com/watch?v=j-bi4JbfTXQ
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