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続・再会へ

アメリカ編 〔5〕ボスウエル通り

 ←アメリカ編 〔4〕医療センターロビー →アメリカ編 〔終〕光あふれる窓辺
 カン・マエとチョン・ミョンファンを乗せたタクシーは、現場に向かって夜の帳が降りはじめた幹線道路を走っていた。

 カン・マエは、きっと、トゥ・ルミは大丈夫だ、そう思い込もうとしていた。しかし、彼のような理論的にものを考える人間には、根拠のないことを信じるのは難しい。それでも、強い意思でそうしようと思っていたのは、すでにそれまでの彼でなくなっていたのだろう。北欧の地で、トゥ・ルミへの想いを確信してからの彼は全てのことを受け入れるつもりだった。それがどんなに不都合なことであっても。
 もちろん、そう意識していたわけではないが深刻な事態に陥った今、揺るがない自分を俯瞰してそう感じたのである。 
 タクシーの後部座席で、カン・マエの隣に座るチョン・ミョンファンは、しばらく黙ってカージャック犯に捕らえられた者たちがどんなことになっているのか、努めて冷静に考えていた。弟子の親戚である警察関係者から電話で伝えられたことを反芻してみる。
 人質の安否は不明であると言った。しかし、彼らにとって大事な人質のはずだ。犯人の背景や動機がわからないにせよ、人質に危害を加えることは考えにくい。そもそも、彼らは当局に何か要求したのだろうか。それについては、何も知らされていない。もちろん、外部の人間に少しでもこうした情報を真っ只中で漏らすは極めて例外的なことのはず。与えられた情報は慎重に扱わなければ、情報提供者の好意を仇で返すことになってしまう。
 
 ボスウエル通りに入り、けたたましいサイレンの音が耳に届いた。
「お客さん、まだ先に行きますか」
 タクシーを警察車両が追い抜いていく。
 どう返事をすべきか、カン・マエもミョンファンも答えが出ない。
 沈黙が続くなか、チョン・ミョンファンに電話がかかった。
「わかった、とにかくこっちへ来てくれ。ああ、そうだ。だが、もしかしたら現場に行くのは難しいかも知れない。今いる場所はボスウエル通り十番だ。近くに来たらまた電話をくれ」
 カン・マエは、きつく眉を寄せたまま、ミョンファンのことばを待っていた。
「今、リック・ミノフスキーという俺の弟子が来る。彼は地元の人間で、いろいろなところにつてがあるから、今回のことで骨を折ってもらっている」
 カン・マエは軽くうなづき、目を閉じた。
 彼は、押し寄せる悪い予感と闘っていた。彼女に何かあったらと一瞬でも思うだけで、ガタガタとすべてが壊れそうな気がしてくる。悲観はこれからのことには用意周到にさせる力になるが、すでに起きている恐れには足かせになるだけだ。ここで、足がすくんでいては、残された道を見つけることはできないだろう。何か、何か信じるに足る道筋を探さねば。彼は再び自分を壊しかねない強い悲観を封じ込めるべく、理性という太い縄でギリギリと感情を縛りつけた。
 
「どうしますか、お客さん」
 ドライバーは通りに並ぶ店舗の切れ目にさしかかると、決断を促すように言った。彼にしてみれば、異常な事態に巻き込まれたくないのは、当然のことだろう。
 すぐ向こうに立ち入り禁止を意味する黄色いテープが見える。制服、私服の警察関係者が十人以上、一方向を見ている。幾人かは電話を手に深刻な顔つきで話していた。また私服の年を経た警察官ふたりは、手にした紙を見ながら、おそらく対応策を練っているのだろう、やはり話をしている様子だ。
 平らな道が緩やかにカーブした先に、ガソリンスタンドとすぐ隣にダイナーが見えた。ダイナーとは、アメリカ東海岸に多いプレハブの気取らないレストランである。トゥ・ルミと国会議員夫妻、それから社長令嬢はおそらくガソリンスタンドに併設されたダイナーに捕らえられているのだろう。
 距離としては非常線を張った場所から三百メートルあるかないか。その距離は近いがしかし、解決の道筋は想像もつかない遠さに感じられる。
 そのガソリンスタンドから、風向きのせいか独特の臭いが漂ってきた。 
 
 
 ここからのことは、おそらく今後の彼の人生において封印されることだろう。
 渦中から一日も経っていない現在さえ、意識混濁の状態で病院のベッドに身体を横たえる彼女を目の前にしては、断片を拾い集めるように記憶をたどるしかない。そして、すべてはまだ終わっていなかった。
 
 
 その凍りつくような瞬間。
 その少しまえ、チョン・ミョンファンの弟子リック・ミノフスキーが車でボスウエル通りに到着した。すでに、カン・マエとチョン・ミョンファンはタクシーを降りて寒風吹きすさぶなか、ダイナーを見つめいてた。
 その建物まで、ほかにさえぎる建物や大木もなかった。夏ならば雑草が高く生えたかもしれないが、今は冬。枯れて散った草花の残骸すら見当たらない。丘の上から降りる風にあおられてしまうのだろう。
 
 風向きが再び変わったためか、ガソリンの臭いは弱まった。
 リックは持ってきた双眼鏡を師匠であるミョンファンに渡し、車のライトを頼りに地図を広げた。カン・マエも地図をのぞきこむ。
「アメリカの東部にある、典型的な街だ。メインストリートに銀行や食料品店、レストランが並んでいる。昼ならばそこそこの賑わいがあるんだろう」
 ミョンファンは、低い声でつぶやき、カン・マエはかすかにうなづく。
「風向きが変わったからか……臭いが強くなった」
 ミョンファンは、ガソリンスタンドに目をやった。
「もしや……」
 カン・マエは視線をダイナーに向けたまま言った。
「ガソリンが漏れ出したのか」
 それは単につぶやきだったはずが、その場に居合わせた者たちへの宣告のようなことになった、それもそのはず同時に皆がそう認識せざるを得なかったからだ。 
 にわかに現場の緊張が高まった。強いガソリン臭の直後、火の手が上がるのを、一番手前で犯人と対峙していた警察官が見つけた。
 現場を指揮する警察と消防の上席者が矢継ぎ早に部下たちに指示をだした。消防の車両が近くへ移動し、放水をはじめた。
 黄色い非常線より後ろにいるカン・ゴヌとチョン・ミョンファンと弟子のリックは慌ただしく消化と救出のために動き回る、数十人の人々をじっと見つめた。
 信じられない、信じたくない光景を見つめるカン・マエに、ミョンファンは口を開いた。
「ゴヌ、もしかしたら」
 彼はむごい状況を想像して、それ以上何も言えなかった。ガソリンスタンドの裏手か脇に貯蔵タンクがあるはずで、そこに火が回ったら、建物から何から何まで焼き尽くしてしまうかもしれない。それまでに、トゥ・ルミたち人質を開放できるのか。
 カン・マエもまた、だれが説明しなくともカージャック犯から解放されないまま、さらに大きな危機が迫っていることを感じていた。
 まだ小さな火で済んでいる今なら間に合う。犯人たち自身も火の危険が迫っていることはわかっているはずだ。とにかく、自ら建物から脱出しなければ助かりようがない。なぜなら防護服を着た消防隊員たちは、犯人の攻撃を受けかねないので救出に向かえないからである。
 彼は再び心に強く念じた。犯人たちも理由があってこのような行動に出たのだろから、その意味を提示したいはず。よもやむざむざと死を選ぶことはない。ならば、とにかく人質と一緒に出てくるしかないのだ。猶予はそれほどないだろう、一刻も早く出てこい! 彼は祈りをこめて心に強く念じた。
 そして、心のなかで唱え続けた。必ずルミは助かる。
 助かるならば、どんなことでもできる、音楽だって捨てられる。ルミと向き合う人生が、彼の人生なのだから、彼女がいなくては、音楽も何も意味はない。そう考える自分に、驚きはしたが至極当然のことのようにも思える。このような青臭い若者のようなことを考える日が彼に訪れるとは、そしてその自覚は極限の状況にあるからこそだった。
 ほんのひと月まえに時間を戻せば、彼女を遠けたことが今の今大きな矛盾となって彼のこころを切り裂くようだ。音楽のためだと、それがまるで正義のように言い放つような男だったのだ。病気が進行し不安に陥る彼女をどうにもできず持て余していたのだ。そんな情けない自分を、揺らぐことなくまっすぐに想ってくれた彼女に、望むままのものを望む形でできるだけ報いるつもりでいた。

 カン・マエのルミへの想いをよそに、状況はさらに悪い方へ向かった。
 取り囲む警察官や消防隊員が被害を避けるために後退したそのとき、ボンとガソリンスタンドから破裂音が響いた。夜の闇を切り裂くように、火の手が細長く上がった。慌てて、消防隊員がホースを数人で持ち上げながら、火の元に近づく。すぐに消火の効果があって光は小さくなり、白い煙となって漂った。
 ついに、ダイナーの建物から人らしき姿が出てきたのが、遠目でもわかった。人質をひとり連れて、銃を構えている者は三人。そのうちひとりが人質に銃を突きつけて歩いてくる。警察官、私服刑事たちは色めき立った。
 ミョンファンはその様子を弟子が持ってきた双眼鏡で見ていた。そして、首を横に振り、カン・マエに双眼鏡を渡す。彼もまたはっきり知った、犯人たちが連れている人質がトゥ・ルミでないこと。
 
 人質の解放と犯人の身柄を確保しようと警察官が近づいたとき、再び爆発音が響いた。 
「引火したぞ」
「危ない、もっと下がれ!」
「巻き込まれるな」
 叫び声とも怒鳴り声ともつかない音が響く。
「急げ、人質はまだ中だ」
 消防隊員が火を消すために慌ただしく動き回り、救助隊が数人建物のなかに入っていった。 
 流れた少量のガソリンに引火した火は容易に消えず、道をたどるように筋になって貯蔵タンクに向かって移っていく。
「早く、もっと正確に狙って放水しろ」
 消防隊長が叫んだ。消防隊員たちは必死の形相で、狙いを定めて放水を続けた。
 
 その場に居合わせたものは、たった一秒ですら長く感じられた。
 やっと建物から、防護服に身を包んだレスキュー隊員が人質となった被害者を背負って出てきた。照射装置の強い光に、深い色の長い髪の姿が浮かび上がる。カン・マエたちは彼女がトゥ・ルミだと思ったし、そう願った。
 駆け寄りたいが、野次馬も大勢になり身動きはとれない。ミョンファンの弟子リック・ミノフスキーは、直接現場のなかにいる関係者に連絡をとった。
「トゥ・ルミという名の女性はいるか、確認してくれ!」
 リックは早口で話しながら、その表情は厳しい。
「なんだって? それは、本当か、さっき背負われてきた髪の長い女性は?……そうか……」
 ミョンファンは、電話を終えた弟子に語気強く訊ねた。
「トゥ・ルミは……名前がわからなくとも若い東洋人女性は……いたのか!」
「いえ」
 リックは眉根を寄せて、首を横に振った。
「残念ながら……、背負われてきたのはトゥ・ルミさんではありません」
 リックは一言小さく応えるのが精一杯だった。
 火はダイナーに移らなかったが、ガソリンスの貯蔵タンクに今にも移りそうな様相だ。人質が全員救出できていなことを知りながらも、二次被害を避けるため関係者は後退するよりほかなかった。
  
 冬の冷たく乾いた風は勢いを増した。とうとう恐れていたことが、起きてしまった。
 ガソリンの貯蔵タンクに火が移り、強風にあおられてすぐに大火となった。さらに、風向きが変わるといったん消し止められたダイナーに火が移る。外壁は炎と煙に包まれ、何がどうなっているのかわからなくなった。
 カン・マエは、目に映るすべてのものが色を失っていくような感覚に陥った。天を焦がさんばかりに火の粉を舞い上げ大きくなる炎。あおる風の力は容赦なく建物を炎に包んだ。ガソリンスタンドの隣にある、ダイナーにも。
 ダイナーから、防護服に身を包んだレスキュー隊員が煙のなかから出てきた。出てきたのは、三人の隊員だけである。近づくにつれ、うなだれて頭を振っている様子がわかる。
 残っているはずの捕らわれた者を見つけられなかった、その落胆はその場に居合わせたものたち全てに広がった。
 
 絶望的空気に満ちたとき、カン・マエの脳裏にはなぜか音楽が流れた。柔らかいソプラノの声。正気でいては自分が保てないと脳が勝手に判断して目のまえの現実を覆い隠すようだった。オルフのカルミナ・ブラーナのソプラノの美しい独唱だった。その短い曲がひととおり終わると、彼は言った。
「あの、建物の裏だ」
「裏?」
「湖だ、地図によると。もしかしたら、向こう側へ逃げたのかもしれない」
 リックはうなづき、すぐに黄色い非常線をくぐり、現場の責任者とおぼしきトレンチコートの男に伝えた。
 夜の闇に、炎はさらに大きくなっていく。人間をあざ笑うかのように流れる風をたくさん巻き込んで、光を放っている。
 そんな光景にも、カン・マエはひるまなかった。大丈夫だ、ルミは助かる、何度こころのなかつぶやいたことか。
 カルミナ・ブラーナの「天秤棒に心をかけて」は、再びカン・マエの脳裏に流れはじめた。
 
 
 
 https://www.youtube.com/watch?v=SPLQMq-ZUoQ
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