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続・再会へ

アメリカ編 〔4〕医療センターロビー

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 ミョンファンと電話で話し、彼が到着するまでカン・マエ自身あとで振り返って何をしていたか順番に思い出せないほど呆然自失の状態だった。


  カン・マエは美術館と見まがうような広々としたロビーのクッションのよいソファに座り、高い天井をときおり仰ぎ、人の出入りで開閉されるときに漏れてくる奥の事務所の騒然とした様子が響いたことははっきり覚えている。
後悔とも自責ともつかない悲嘆が、嵐のように吹き荒れていた。無力だった。音楽という限られた世界にしか力の及ばない、無力さに身を切り刻まれるような感覚……。
予定通りなら、とっくにフィラデルフィア国際空港で再会し、この腕の中にルミはいるのではなかったか。それが空港の封鎖で、カン・マエがJFK、トゥ・ルミがBMIと別々の空港へ降りることになった。別な空港とはいえ、アメリカにいるのだから時間だけが余分にかかるだけのはずだった。

外は闇に覆われようとしていた。側面の大きなガラスから差し込むわずかな光は冬であるゆえにもうすぐ途切れようとしている。この寒空におぼつかない聴力で、どんなことになっているのか。無事ではいられまい。しかし無事でいてくれ、と彼は願い、願う以外に何もできない自分を呪った。
 
 そして、どれぐらい時間が経ったか、ロビーには、患者の関係者が集まっていた。刑事らしき男が奥の事務室へ出入りしている。
 ようやく病院のスタッフのなかでも上席者とと思しきカン・マエより少し年上に見えるスーツ姿の男が出てきた。彼はカンファレンスルームのドアを開けて、関係者に入るよう促した。カン・マエの後に続いた。
 説明は、簡単なものだった。
 トゥ・ルミたちの乗ったリムジンは、途中で待ち伏せをしていた何者かに、乗っ取られてしまったというものだ。「たったそれだけか」「場所もわからないのか」と若い男は憤懣やるかたないという顔で、病院側に迫った。その場に居合わせたものは、多くは焦燥と怒りで爆発寸前の火山のような目をし、初老の女性はひたひたと涙を落とした。カン・マエは眉を吊り上げ、仁王のように強い視線を放っていた。
 悲嘆のため息が部屋に満ちたところへ、別な病院のスタッフ証をつけた男が入ってきた。皆が一斉に、質問を浴びせる。カン・マエは、できるだけ冷静に語気を荒げず、たずねた。事態をできるだけ細かに把握しできる手立てを考えたかったのだ。混乱はしていたが、それでも時間が経って後からどうにもならないようなことだけは、避けたい。できるだけ状況を知り、何か手立てを考えなくては。
 はじめの衝撃から冷静さを取戻し、聞いた話を整理していた。
 ボルティモアから病院からの迎えのリムジンに乗っていたのは、国会議員夫妻、そして会社経営者の令嬢、そしてトゥ・ルミの四人であることが間違いなさそうだ。デラウェア医療センターに向かったのだが、どこで事件に巻き込まれた正確に把握されていなかった。ドライバーと連絡がとれなくなった病院が異変を感じ、警察に連絡した……。 
 警察はルートになりそうな道路やう回路などを捜索している。
 それ以上は警察から知らされていない、また何かわかったら必ず情報提供するので、待っていてほしい。そして、部屋も用意するので休息をとるようにと案内があった。
 入院患者のためだけでなく、家族の滞在用の部屋もあり、緊急の場合にとふだん使わない予備もある。カン・マエを残して、ほかの家族や関係者は用意された部屋に移った。ロビーに立ったカン・マエは、陽が落ちて薄暗くなった外を不安な目で見続けた。わずかな情報から、どうにかならないかずっと考えている。しかし、考える材料などたいしてない。ただ堂々巡りを繰り返すばかりだ。 
 
「ゴヌ、大丈夫か」

 聞き覚えのある声に振り返ると、チョン・ミョン自身が立っていた。弟子をよこすと言っていたにもかかわらず、自らやって来たのだ。高校時代からこれまでの年月、音楽家として敬愛する友人をほっておけなかった。それに、彼だからこそできることの一番は、豊富な人脈を駆使しての情報収集である。
 いつも饒舌な彼は、じっと黙ったままカン・マエの肩に手を置いた。
 ふたりは、向かい合って座った。カン・マエは重い口を開き、必要と思われる説明を始めた。濃い疲労の色が浮かびながらも、一生懸命考えられるだけの可能性をひとつひとつ言葉にする彼は、とにかく藁にもすがる思いだ。 
 こんなカン・マエを今まで見たことはない、ミョンファンは電話で話した時にまして事態の深刻さと、旧友のその女性への思いの深さに胸を痛めた。彼女を一刻も早く見つけねばならない。彼はそのために最善の努力をしようと決意を固めた。

 カン・マエは、順番にミョンファンに整理しながら話した。
 トゥ・ルミが聴力を失いつつありここで手術を受けるためアメリカへ来たこと。フィラデルフィア国際空港で落ち合うつもりが、封鎖になったためニューヨークとボルティモア別々の空港に降りねばならなくなり、ここデラウェア医療センターにそれぞれ向かうことになったこと。しかし、彼女が乗ったリムジンはカージャックに遭い未だ到着していない。場所はまだわかっていない。彼女のスマートフォンにはあらゆる事態を想定してカン・マエから連絡していないことなど。
 わかっていることをあらいざらい、といっても事件のこととなるとわずかなことだが、話し終えたカン・マエは、息を深く吐いた。そして、クッションのよく効いたソファに身を沈めるように体の力を抜いて座り直した。ミョンファンはそんな彼を、まじまじと見つめる。
 
 ミョンファンの記憶にもしっかり残っている、ソクランでのコンサートでコンミスを務めた色白のほっそりした韓国人女性。旧友のこころをとらえ、おそらく万難を排して大西洋を渡る決心をさせた彼女がどういう状況に置かれているか、考えることすら怖くなる。
 チョン・ミョンファンは、ソファから立ち上がり、アメリカ東部で生まれ育った弟子に電話をかけて、細々話しはじめた。
 人に頼ることが苦手で、任せるにしても自分でも何かしら動くのが常であったカン・マエは、今はなすすべもない。彼は、しかしやはり指揮者である。全体を俯瞰し、何がどこへ動いてくかを細かな事象からも理解しようと努めていた。
 表面は少し苛立っているに過ぎないように見えるカン・マエだが、葛藤が続いていた。理性が彼の感情を、強く押し込んでいた。ギリギリと太い綱で、これ以上なく締め付けているのに、しかしそこにあるはずの痛みはない、無感覚の境地。感情が動き出したら、どうなるか自分でもわからないのだ。彼は自分のもろさを、よくわかっていた。それが彼の強さのひとつでもあるのだが。
 
 平日の遅い時間になり、ロビーを通るのは事件の関係者と病院に勤めている者、外来や見舞客は帰ったので暖房は効いていても寒々しい雰囲気になった。ガラス張りの壁が、寂しい夜の闇をそのまま見せていた。
 デラウェア医療センターの広いロビーの片隅にいるふたりの東洋人が、指揮者でありそのトップランナーとしてしのぎを削るほどの実力者だとは、誰も気が付かなかった。カン・マエの知名度はアメリカでは高くない。ミョンファンは、ジーンズにヤンキースのマークの入ったジャンパーを着て、グレーの縁取りの伊達メガネをかけていていた。
 ミョンファンのスマートフォンの着信音が鳴り、ミョンファンはカン・マエに深くうなづきながら出た。

「そう、ああ、助かるよ。そうか、なるほど」

 短いやりとりが終わるや、カン・マエは口を開いた。

「何かわかったか」

「ああ、こっちにいる弟子からだ。彼は警察に親戚がいるんだ」

 答えるミョンファンの厳しい表情に、カン・マエは悪い話に違いないと感じた。

「それで?」

「カージャックに遭ったことは、説明があったんだな。こちらで得た情報によると、ボルティモアの空港を出てこの病院にあと数キロのところで待ち伏せされたらしい」

 カン・マエは口を開きかけたが、すぐにつぐんだ。

「しかし、だれなのかどこからかわからないが早い段階から警察が補足しているそうだ」

 カン・マエは目をパッと見開いた。

「そうか、ではどこにいるかはわかるんだな」

「ああ、警察が道路を封鎖している。きっとうまく追い詰めたんだな」
 うまく、とはどういうことだ。カン・マエは目を数秒閉じて考える。そして、たずねた。

「では、トゥ・ルミは……」

「ほかの乗客とともに、犯人が立てこもったダイナーにいるそうだ」

 カン・マエは、深くため息をついた。

「大丈夫か、ゴヌ」

「場所は……どこだ。詳しくわかったんだろう」

「今、これに届いたから転送してやる」

 カン・マエはスマートフォンを操作して、メッセージを開き確認した。
 ミョンファンは、明るい声で言った。

「事態は予断を許さないが、今警察が必死の説得を行っているとも言っていた」

「その場所へ行くことはできるか?」

「それは……無理だろう。少し離れた場所ならよいだろうが。しかし、行って何になる。何もできることはない上に辛いだけだぞ」

「もしかしたら、何か……」

 ミョンファンは旧友を叱咤するように語気をいくぶん強めた。

「できるわけないだろ。おまえはハリソン・フォードやブルース・ウィリスが演じるヒーローじゃないんだぞ」

「……」

「少し休め、ひどい顔をしているぞ」

「……」

「プロに任せておけって。弟子の親戚の警察関係者からは直接連絡をもらうから、わかったらすぐに知らせてやる」

「この病院には、付添のための施設もあるのだろう? 至れり尽くせりの設備だと評判だからな。ひと部屋用意してもらうから、そこで少し休んでいろ。おまえ長いフライトからそのままなんだろう?」

 ミョンファンは人懐こい表情を浮かべつつも、他の選択肢はないと語気を強めた。気休めを言っても無駄だ。とにかく、休ませることが大事だ、と友だち思いのミョンファンは思った。カン・マエはけおされて、うなづくしかなかった。

 カン・マエは受付カウンターへ歩むミョンファンの後ろ姿を見ていたが、はっと何かを思いつきソファから立ち上がった。足早にロビーを横切り病院の建物の外へ出た。患者を送り届けて帰る回送タクシーを止め、彼はその一台にすべるように乗り込んだ。
 カン・マエは運転手に告げた。

「ボスウエル通り七十二番へ頼む」

 タクシー運転手はうなづくと、すぐに発車した。緩やかに病院前のロータリーを抜けようとしたとき、運転手が横を向いて言った。

「お客さん、誰かが追いかけてきますよ、お知り合いですね」

 ドライバーは気を効かせたつもりで、カン・マエの返事を待たずに停車した。
 かまわず発進するよう促そうと、カン・マエが口を開く前に、ミョンファンは後部のドアを開けて、乗り込んだ。

「おまえ……現場に行くつもりだな、バカはよせ」

 険しい声でミョンファンはカン・マエをいさめた。

「……」

 カン・マエはミョンファンがまるでそこにいないように、明後日を見るように視線をそらした。

「休め、と言っても無理か。しかし……そうか、わかった、もうあれこれ言うまい。思い出すまでもなく、おまえは相当な頑固者だからな」

 韓国の高校時代からの付き合いである。オーケストラ指揮者という希な仕事にふたりとも就き、ゆえに離れた場所にいてもお互いの状況は聞こえてくる。もっとも、ミョンファンのほうが一方的に知りたがるので、弟子たちはこぞって彼のことを知らせるのだが……。おかげで、ミョンファンは世界で一番彼の気質に詳しかった。
 そんな彼だからこそ、旧友を置いて去りがたかった。弟子に後を任せるわけにはいかない、と思った。今日行われる予定だった、音楽財団の理事が主催するパーティは欠席、明日の楽団の会議は延期してもらうことにした。彼は再び弟子に電話をかけ、早口で細々説明し必要なことを指示した。

 ミョンファンは、カン・マエに伝えていないことがある。
 カージャックに捕らわれた四人の安否は実ははっきり掴めないままであることを。ミョンファンが押し黙っていると、カン・マエがぼそりと言った。
 
「おまえ、仕事があるだろう? 俺に付き合う必要はないぞ」

 ミョンファンは頭を振った。
 
「たいした用事はないさ。とにかくしばらくはおまえの手足になってやるからな」

 ミョンファンの言葉はさりげなく、カン・マエはゆえに後ろめたさを感じた。ニューヨークフィルハーモニックの常任指揮者が暇なはずはない。演奏会などメインの仕事以外にも、用事はひきもきらないはずだ。
 ミョンファンはさらに言った。
 
「気にするな、俺がいなくてもどうということはないさ」
 
「悪いな……」

 カン・マエは、そう答えるのがやっとだった。 
 
 予測不能ということは、彼の辞書には幾つかの例外を除いてこれまでなかったし、その例外もリカバリー可能な範囲のものであった、それも芸術の道を極めるために必要な試練だったと考えればすべては彼にとって実りとなることばかりだった。
 しかし、今彼が向き合わざるを得ない事態は、もしかしたら彼の精神を根底から崩してしまいかねない、とミョンファンはやつれた表情の旧友から感じた。ミョンファンは彼の気持ちを救う言葉が思い浮かばず、ただ虚空を見つめた。


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