FC2ブログ

スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←アメリカ編 〔1〕プロローグ →アメリカ編 〔3〕デラウェア州へ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 続・再会へ
もくじ  3kaku_s_L.png note
もくじ  3kaku_s_L.png giorni (番外)
もくじ  3kaku_s_L.png お礼
もくじ  3kaku_s_L.png お詫び
もくじ  3kaku_s_L.png ミョンミンssi
もくじ  3kaku_s_L.png 私信
  • 【アメリカ編 〔1〕プロローグ】へ
  • 【アメリカ編 〔3〕デラウェア州へ】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

続・再会へ

アメリカ編 〔2〕ジョン・F・ケネディ国際空港

 ←アメリカ編 〔1〕プロローグ →アメリカ編 〔3〕デラウェア州へ
 カン・マエは病院の個室の窓から、朝日を浴びて輝く外の景色を眺めた。病院とは、ボルティモア・ワシントン国際空港(BMI)から北東に約百キロのところにある、デラウェア総合医療センターである。

  フィラデルフィア国際空港でふたりが再会を果たす予定の日時から、半日以上が経過したことになる。
 ルミが入院を予定していた病院ではあったのだが、全く予想もしえなかった成り行きで来ることになった。その運命のなせる耐え難い仕打ちに、ひざまずくより他になす術はなかった自分を、彼は呪った。
 
 カン・マエは、ほつれた前髪をそのまま肌は疲労の色がありありとして、口から出るのはため息ばかりである。彼に気を留めるものは誰もいないので、彼は自分の感情を好きなだけ吐き出し、ようやく目の前で起きた出来事に向き合おうとしていた。
 カン・マエは悪い夢を見ているのだと思った、夢であったらどんなに良いだろうと。

 その部屋は、温かいベージュに小さな濃淡ピンクの花の模様の壁に囲まれ、ラベンダー色のソファに白木のテーブルが置かれていた。一見すると、女性好みのホテルの一室のようでもある。このデラウェア総合医療センターは、VIP御用達の病院で最新の設備を誇っているのだが、病院らしくないインテリアも評判であった。
 やはりベッドは白木でできており、そこにはトゥ・ルミは横たわっていた。
 
 ここに運ばれてからルミは、ずっと眠り続けていた。正確にいえば、眠っているように見えるだけで意識がはっきりしないため目を開けていられない状態なのだ。
 カン・マエは、彼女の口から洩れる言葉ともつかない微かな声に振り返り、そしてベッドサイドの椅子に座った。彼は唇を噛みしめ、心安らかざる表情を見つめ、かすり傷を負った華奢な手を両手で握った。

 カン・マエは、こころが凍りついたあの瞬間を思い返した。
 何を置いてもすぐに韓国へ向かえば良かったのだ、そして一緒にアメリカに来たらこんなことにはならなかったという後悔にずっと苛まれている。
 現場からたまたま近かったこの病院には、ほかにも怪我人が運び込まれていたがいずれも軽症で済んでいた。
 しかしトゥ・ルミの身体は冷え血圧も下がり、意識は混濁したままだ。ここから回復するのか悪化するのか、まだ何とも言えないとの医師の淡々とした説明を聞いて、ただでさえ悲観的な考えに陥りやすいカン・マエは自己防衛本能が働いたのか、頭のなかは混沌から白一色になって浮かぶ言葉は泡のごとく消えた。
  
 看護婦が点滴のバッグを交換にくる。
 
 カン・マエは、作業を終えて去ろうとする白衣の女性を見つめた。
 何か、慰めのことばでもと考えたのか、中年の人の良さそうな看護婦は口を開きかけたが、しかし何も思いつかないので閉じ、そして目を伏せわずかにうなづいた。
 
 なぜトゥ・ルミだけが、こんな目に……。そう問いたいカン・マエに誰が返事をできようか?
  
 時間からして彼女がボルティモア空港を出たあたりでカン・マエに送ったと思われるメールを、もう何度も読み返していた。
 
「空の旅はとても快適でした。ドンギル先生のお友だちのお医者様が、気を使って何度も声をかけてたので、安心できたんですよ。ありがとう、先生。先生がいろいろドンギル先生にお願いしてくれたそうですね。嬉しかったわ。もうすぐ、先生に会えると思うと気が引き締まります。あ、でもオーデションじゃなかったわね。(笑)そうじゃなくって、逢えるなんて。先生が待っていてくれるなんて。先生の姿を見たら私きっと泣いてしまうと思います」
 
ソクランを離れてまだひと月も経っていない。「先生」と呼ぶトゥ・ルミの声は、もちろんはっきり耳に残っている。このメールを読めば、その表情までも。怖れ、怒り、諦め、憐れみ、悲嘆といった暗い感情を伴うものばかり、思い出してしまう。それでもかまわない、目を覚まして「先生」と呼んでくれとこころの中で彼は叫んでいた。そして、一度は収まったはずの感情はとめどもなく溢れ激流となってしまったかのようだ。
 彼の目から涙がこぼれ落ちた。一筋落ちてそれは彼の膝の上に、そしてもう一筋、握り締めたトゥ・ルミの手に。
 彼はもはや、彼自身のこころを救うためにも神に助けを求めるほかなかった。どの宗教に対しても、音楽のバックグランドとしての知識欲しかない。どう祈ればよいかわからなかったので、とにかく強く回復を念じた。
 祈ると、混乱した感情は落ち着いてきた。トゥ・ルミの状態はさほど変わらないが、それでも彼は自分を保っていられた。頭のなかでは、オルフの「カルミナ・ブラーナ」のソプラノが流れ始めた。
 

 ふたりがアメリカの地を踏みしめた、半日ほど前に話はさかのぼる。

 そもそもカン・マエは、フィラデルフィア国際空港に先に到着し、ロサンゼルス経由でやって来るトゥ・ルミを待つことになっていた。
 しかし到着の二時間前にフィラデルフィア国際空港が爆破予告により封鎖されたため、彼は第三十五代大統領ジョン・F・ケネディの名を冠したニューヨークの空港へ降りることになってしまった。トゥ・ルミがロサンゼルスで乗り換えた飛行機はメリーランド州ボルティモアに降りたことを知ったのは、飛行機を降りてからだった。先に空港に到着したルミからメールが届いた。

「病院から迎えの車があって、ボルティモアの空港から病院へ向かう方が三人いて、同乗させてもらうことになりました。先生の飛行機はJFKに降りるようですね、こちらのボードで確認しました。ですから先生、直接デラウェア医療センターへ向かってくださいますか?」

 トゥ・ルミが書いてきたとおり、病院はボルティモアから降りてもよい距離なのだ。 カン・マエは了解の返信をした。JFKからではトゥ・ルミのほうがずっと早く着くことになるだろう。
 ともかく、飛行機は無事に着陸してアメリカの大地をふたりとも踏んでいるのだから、もうルミの顔を見られるのも間もなくのこと、あれこれ考えるまでもない、とカン・マエは思っていた。
 用件のみの相変わらずそっけない返信ではあったが、指先の軽やかさはやはり彼女への気持ちをはっきりさせてから初めて会うことの、何とも言えない高揚感のためであろう。本人に自覚はないが甘く優しい笑みをつい浮かべていた。知り合いが今の彼を見たら、気が付かないかもしれなかった。
 
 ソクランで互いに向き合おうとした、あのとき。彼女の目を正面から見ることができなかったが、もう、二度と迷いはしない。彼女の瞳の奥にある、自分への感情を今度こそ素直に受け取ろう、カン・マエはその気持ちに揺らぎはなかった。
 いつも淡々として、冷静な指揮者。ほとばしる感情は、音楽のためのものだった。ここ十年ほどの間、女性の影すらちらつかせない男が、一人の女性への熱い想いで一杯になっている。人生は、コントロールしきれるものではないことを、覚らざるを得なかった。そして彼は、抵抗することをついに諦め、自分の感情に素直に従うことにしたのだ。
 

 JFKの国際線到着ロビーからタクシー乗り場に向かう途中、大勢の客のいるなかカン・マエは、ひとりの男の視線に気が付いた。彼は人をよけながらまっすぐカン・マエに向かって歩み寄り、呼び止めた。
 
「マエストロ・カンではないですか?」

「ああ、そうだが君は……?」

「私はマエストロ・チョンの弟子です」

「……彼は、チョン・ミョンファンは、そうか、そうだった。ここが本拠地なんだな」

 かつての同級生はニューヨークフィルハーモニックの常任となってまだ間もないことを思い出す。というよりも、むしろカン・マエはフィラデルフィアの空港ではなくJFKに降りたことを再認識した。
 
 音楽家と言うよりも格闘家のようながっしりした体格の弟子は、うなづいた。
 
「そうか、チョン・ミョンファンによろしく言っておいてくれ」

 カン・マエは型どおりの社交辞令を言い、再び歩き出した。



 
関連記事
スポンサーサイト
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 続・再会へ
もくじ  3kaku_s_L.png note
もくじ  3kaku_s_L.png giorni (番外)
もくじ  3kaku_s_L.png お礼
もくじ  3kaku_s_L.png お詫び
もくじ  3kaku_s_L.png ミョンミンssi
もくじ  3kaku_s_L.png 私信
  • 【アメリカ編 〔1〕プロローグ】へ
  • 【アメリカ編 〔3〕デラウェア州へ】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【アメリカ編 〔1〕プロローグ】へ
  • 【アメリカ編 〔3〕デラウェア州へ】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。