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Breve Intermedi(短編・再会後)

プルチネルラ 前篇

 ←「プルチネルラ」まえがき →プルチネルラ 後篇
 スイスの第四の都市ベルンにある歌劇場のボックス席の最前列に、カン・マエとルミは座っていた。カン・マエは着なれたダークスーツ、ルミは栗色の髪をまとめ、白肌をひきたてる、光沢のある空色のロングドレスに、白い手袋をしていた。パルケット(平土間席)やバルコン(ボックス型の桟敷席)は観客で埋め尽くされていて、ガレリー(天井桟敷)はすでに若者い音楽愛好家の熱気にあふれている。
 

Pulcinella 1/2

 
 ボックス型桟敷席はルミを含む音大やクラシックを愛好する友人達にとって、そこに座るのは夢であり憧れだ。カン・マエの恋人となって、一年余り。ルミはオペラをカン・マエと鑑賞する折にたびたび座ることとなり、故国の友人たちからはうらやましがられている。
「バルコンというのは、な」
 カン・マエは最初の機会に、ルミに説明した。
 元々は、貴族や上流階級の専用のスペ ースであり、純粋に音楽を楽しみといったものではないことを。
「じゃ、何をするためにあるんです?」
 ルミがそう質問したとき、向かいのボックスの奥で男女が濃厚なキスをはじめた。カン・マエは、あごでしゃくった。
「たとえば、あのようなことをするためだ」
 ルミはぽかんとして、しばらく固まって見ていた。まだ幕が開く前で何をしようが、自由だが男の右手は半分のぞいている女の胸にあり、ルミはドキドキしてしまった。
「おい、いくら遠くからだとはいえ、そうじろじろ見るな」
 このような会話をしたこともあったが、ルミはだんだん歌劇場が社交の場であることを理解した。ボックスを借り切っている主からの招待なので、そのつながりのある人々と同席することもあり、カン・マエだとわかると人々は気楽に声をかけてきた。

 この日は彼の古くからの友人でありバレエの演出家である人物からの、招待を受けたのだ。実は以前から、招待したいと申し入れがあったのを何だかんだと避けてきたが、ルミのたっての願いであり叶えてやることにしたのだ。
 バレエを観ることは予定外だったが。
 ルミを伴てのスイス旅行、というよりも遠路はるばるやって来るルミのための旅行なので、できるだけ希望は聞いてやりたい、とも思っていた。
 ルミはアルプスの美しい山々、おとぎの国のような風景を、大好きな「先生」と一緒に眺めることを楽しみにしていた。その上、「プルチネルラ」を観ることができるとは、嬉しいばかりだ。

 
 ベルンの歌劇場は、この日、「プルチネルラ」のほかに短い作品をふたつならべた。「レ・シルフィード」「牧神の午後」は大喝采のうちに、終幕した。
 そして、イゴール・ストラヴィンスキーの「プルチネルラ」。ペルゴレージなどの古い時代の楽曲をモチーフにしたオーケストラ作品は、ストラヴィンスキーの新古典主義時代の扉を開く作品として知られている。後半にはソプラノ、テノール、バスの歌手が加わり、恋の駆け引きや嫉妬、裏切りなどを、ときにユーモラスに歌う。コミカルで陽気なバレエは、ときに会場の笑いも誘った。

 夢は、やはり覚める瞬間がある。
 すべての踊り、オーケストラピットで奏でられる音楽も最後の一音の残響が消えた刹那、ホールは奇跡のように静まり返った。誰も咳払いひとつない、今、観客たちのこころはまだバレエの世界から戻りたくはないのである。
 
 一秒過ぎたであろうか。
 
 誰かがはっとしたように、手を叩きはじめるとほとんどの観客が席を立って拍手をしはじめた。
 滝の轟音のごとく。白い肌を紅潮させて、あるいは目に涙を浮かべて。
 上席のドレスアップした老婦人も、若い娘たちに負けないようなキラキラした瞳で舞台の上のバレエダンサーたちと、ピットのなかの演奏者たちをたたえ続けた。

 幾度もカーテンコールが繰り返され、白い道化師、娘たちの衣装のダンサーが並ぶ。プルチネルラとピンピネルラが手をつないで現れ、客席におじぎをした。力強くも温かい拍手に、満面の笑みを浮かべ手を振った。
 まだ拍手は続く。
 演出家やピットにいた歌手たちや指揮者が下手から舞台に上がると、拍手はいっそう強くなった。
  
 客席に照明がつき、席を立つ人々の列ができはじめた。
 韓国人指揮者と年若の彼の恋人は、まだボックス席の最前列に座ったままだ。ルミはカン・マエの肩に寄りかかり、右手を彼の左手に乗せていた。
 彼に気が付いたパルケットの客が、ふたりを見る。カン・マエはクラシックファンに知られた存在である、こういった場所で注視されることには慣れている。しかし、ルミを伴うようになってからは、好奇の目を向けられることが苦痛である。
 そんな彼の想いをよそに、ルミはうっすら涙を浮かべ、まだ余韻に浸っているようだ。
 
「ルミ、そろそろ行くぞ」

 彼は立ち上がった。
 
「あの、確かさっき舞台に上がった演出家の方が、先生の知り合いなんですよね?」

「ああ」

 カン・マエは招待状が届いたとき、招待主が演出家であることを説明したのだった。
 
「あの、楽屋に行って直接素晴しかったと伝えたいけど、ダメかしら?」

 ルミの肩越しの上目づかいは彼女自身は気がついていないが、彼が断ることを非常に難しくする。
 演出家のユーリ・シャリアピンは「美しいものを見ると、黙ってはいられない。愛はいくらあってもありすぎて困ることはない、それどこか新しい舞台を作る原動力だからね。こころは宇宙より広いので、男でも女でも何人でもいつでもおいで」と言ってはばからない人間だ。
 まだ現役のバレエダンサーもやれるほどのシャープな身体、女性的な顔立ち。彼は男性であるが、たくさんの蜂を集める大輪の花のように惹きつける。そうだとして、カン・マエにぞっこんのルミにとっては、なんでもなこと。
 それよりも。 
 あのような人間に、舐めるようにルミを見られることが考えただけで虫唾が走る。彼はそれも「体つきを見るのは仕事柄仕方ない」とうそぶく。だから、カン・マエは気が進まない。確かに演出家として身体を見るのは仕事でもあるのだ。それがダンサーだけに限ればよいものだが、好色な彼はそうするわけがない。
  
 五秒考えて、カン・マエは言った。
 
「わかった。しかし、彼もきっと疲れているはずだ、一言だけだぞ。向こうがいくら引き留めても、それは社交辞令だからな、あまり本気にするな」

 ルミはパッと顔を輝かせ、置かれた右手で彼の左手をぎゅっと握った。
 
「先生、ありがとうっ」


 カン・マエとトゥ・ルミは早足で、関係者入り口を通って劇場の地階へ降りた。通路がゆったりとして、案内がわかり易く示してある。舞台が終わって、裏方が大勢出入りしていたが、滞ることなくそれぞれが仕事に取りかかっていた。
 全て終わり緊張から解き放たれた、表に立つダンサーや演奏家たちは、楽屋で着替えをしたり、軽口を叩いて息を抜いている。
 専用の部屋の入り口に立っている係員は、カン・マエの姿を認めるとドアを開け入室を促した。カン・マエの旧知の間柄であるユーリ・シャリアピンは、劇場の関係者らしきスーツ姿の人物と話をしているところだった。
 
 シャリアピンはおもむろに視線を動かすと、カン・マエ気がつき厳しい表情はすぐに緩んだ。そして彼がゆりの花のようなたおやかな女性を連れていることに、満面の笑みになった。

「ゴヌ、やっと来てくれたか。裏に寄ってくれるとは思わなかった」

 カン・マエは、来たくて来たんじゃないとは言えず、ふっと息を漏らして小さく笑みを浮かべた。
 
「いい舞台だったじゃないか、期待以上だったぞ」

 カン・マエのことばをそのまま受け取らない、シャリアピン。

「おまえの期待は元々が低いからな、俺に対しては昔から」

 そう言いながらこのロシア出身の演出家は、カン・マエの隣に立つ女性を、やはりつま先からてっぺんまでしげしげ見た。細身でありながら胸はしっかりあるし女性らしいラインだ、などと品定めをしている。カン・マエの嫌な予感は、だいたい当たる。しかし、この男になにを言おうが、目隠しでもしない限り止めさせられないだろう。

「こちらは、同じ韓国人の……」

 カン・マエがルミのことを紹介し終えないうちに、ユーリ・シャリアピンはルミの右手を握り次の瞬間、唇をつけていた。カン・マエが眉をひきつらせ、ルミの肩をくいっと引き寄せたが、間に合わなかった。
 
 その慌てぶりを、ユーリは見逃さず、その上、くくくっ、と声を立てて笑った。
 かつてバレエダンサーであった、シャリアピンの物腰は優雅で洗練されていた。目のまえに見る彼の、この世のものとは思えない美しい瞳と姿に、ルミは何をしに来たか、一瞬忘れてしまった。
 
「ルミ!」

 カン・マエはぼーっとしているルミに、語気強く言った。

「あ、あの……。そうそう」ルミは韓国語でつぶやくと、次は英語で言った。
「今日の素晴らしい舞台にお礼が言いたくて……」

 ロシア人演出家の目尻にかすかなしわができ、口元は緩んだ。
 
 ユーリ・シャリアピン、カン・マエ、トゥ・ルミの三人で立ち話をしているところに、オーケストラとともに音楽を盛り上げたソプラノ歌手とテノール歌手も加わった。
 カン・マエはすぐに帰るつもりが、彼を知る人も多くおいそれとはいかない。次から次へ声をかけられ、そしてなぜかシャリアピンの家に招かれ、来週末に行く約束まですることになってしまった。
 ルミは感激のあまり泣きそうな表情をしているので、どうにも断るきっかけを逸してしまったのだ。

プルチネルラ



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