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Breve Intermedi(短編・再会後)

例えば、美しい春の月明かりのような グラーツ編

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 韓国でルミがイドゥンと図書館やアパートでそれぞれの課題に取り組んだその日、カン・マエはウィーンの南、オーストリア第二の都市グラーツに滞在していた。
 グラーツユーゲント管弦楽団のコンサートに招かれ、その翌日は楽団の理事や常任指揮者たちと会議が予定されていた。彼は客演指揮者として契約を結んでいて、曲目やソリストの選定などを話し合う必要があった。

Chopin Piano Concerto No. 1, 2 Movement Romanze, Larghetto 2/2
 

 ホテルの一室で、カン・マエは目覚めた。
 彼がいつもグラーツに滞在するときに使うシュロスバーグ。美しい庭園で有名な小さなホテルである。旧市街のなかにあるほかのホテルにも泊まったことはあるが、何といっても眺めがよく気に入っている。世界遺産に指定された、美しい街並み、豊かに流れるムーア川を見ていると時の経つのを忘れそうだ。 
   
 しかし、今回ばかりはなるべく早くウィーンに帰りたかった。

 その理由は、新しいピアノ、何年も待ってやっと届いたファツィオリを試したいからである。せっかく届いたのは良いが、その日から仕事が立て込んでしまってまだ、ろくに弾けぬままなのだ。
 今度ルミがこちらに来た時には、新しいピアノでいろいろ聴かせてやりたい。彼には今度逢う時の、大きな楽しみである。
 
 そんなことを考えながら、長身の彼にピタリ合った、夏らしい萌葱色のスーツに着替えた。衣類と身の回りのもの、楽譜や本はすでにスーツケースに既にきちんとしまわれていた。
 フロントに荷物を預け、ラウンジで遅い朝食を取り、新聞に目を通した。音楽家として興味を引く記事は、夏のヨーロッパ各地で催される音楽祭についての特集だった。

 カン・マエのそばを、東洋人と思われる女性が通った。長い髪はおそらく濃いめの茶色に染めているのだろう、白い肌によく合っていた、韓国にいるトゥ・ルミのように。
 彼は口元を緩ませ、彼女の肌の感触を思い出していた。彼女を呼び寄せて甘い時間を過ごしてから、ひと月。愛し合うようになって、まだ日の浅いふたりにとってひと月は長すぎる時間だ。
 彼女が帰国して二日ほどは、アルコールをいつもの倍ほど摂取しなければよく眠れなかった。真夜中に目を覚まし、ひとりで生きることの無意味さを考えた。三日を過ぎると、仕事が多忙であったためもあり、時間はどんどん後ろへ去っていった。
 仕事に打ち込めることは、多忙なことはまだしも楽である。ピアノに向かう時間がなかなか取れないという、嘆きはあるが。

 とにかく、お偉方との会議を終えれば本日中にウィーンのアルトバウにある自宅に戻れるはずだ。
 
 音楽協会の一室で行われた会議は、楽団の理事長、理事、コンサートマスターを引受けるベテランのバイオリニスト、事務スタッフ、約十名が集まった。昼をはさんで数時間費やされ、多くの合意事項が正式決定となり、あとは実行あるのみ、という段階まで終えた。あとは、グラーツユーゲント管弦楽団の事務スタッフの手で、きちんと文書にまとめられるだろう。

 カン・マエは、会議室を出て大きなガラス張りになった壁に歩み寄った。まだ昼間のエネルギッシュな光を浴びた街、大通りを行き交う車や人々が目に映る。彼はふっと息をつき、肩を反らしてほぐした。
 もう頭を悩ます案件はないので、頭のなかはウィーンの自宅にあるファツィオリのことばかりだ。
 
 その肩を誰かが後ろからポンと叩く。
 
 振り返ればアメリカにいるはずの男、チョン・ミョンファンが立っていた。
 
「いよっ」

 カン・マエは振り返って、ミョンファンにまたかという顔を向けた。
 
「また、来たぞ、悪かったな」
 
 ミョンファンは表情を読み、へらへらといつものように笑みを浮かべて言った。

「……私に用か?」

「ご挨拶だなあ。おまえと俺の間柄だぞ、用がなくちゃ来てはいけなかったか?」

 アメリカの名門オーケストラの常任指揮者の彼が、いつも暇を持て余すような顔をしてやってくるのはなぜだろう。この軽さはいつになったら、治るのか。そもそもこんな軽々しい風体の男に、どうして名門オケから声がかかるのか。カン・マエは訝しげにミョンファンを見た。
 
 ミョンファンは、何事か面白そうに言った。
  
「ま、用といえば用なんだが」

「何だ、早くいえ」

 ミョン・ファンは、嬉しそうにへらっと笑って見せた。

「ここグラーツにおまえがいるっていうのは、なんという偶然。今日俺たちここで、同窓会をするんだって」

「何だって?」

「同窓会」

「知らないぞ、そんなもの」

「まあ、勝手に大学時代の仲間が集まるだけなんだが、それがちょうど今晩なんだよ」

「おまえ、そのためにわざわざアメリカから……」

「そんな訳ないだろ。師匠が具合がよくないとかで、代わりに指揮を頼まれたんだ」

 ミョンファンの師匠もカン・マエの先達であるクリストフ・ヤンセン同様高齢であり、体調を崩して指揮を代わることが珍しくなくなった。カン・マエは病状をたずね、しばらくミョンファンの代振りの話や高齢の音楽家の健康状態についての話になった。ミョンファンは、何が何でも同窓会にカン・マエを連れていく気らしい。話題はぜんぜん違う方向になったが、何か良い餌はないか知恵を巡らしながらミョンファンはあたりさわりなくしゃべっている。全く、器用なものだ。こういう時の彼は、いつもながらいたずらっ子のように知恵が働くのである。
 
 
 四時間後、カン・マエは同窓会が開かれるレストランにいた。
 結局、たくさん借りのあるミョンファン、特にこういうところに能力を注ぎ込む彼から逃れるすべはなかった。

 グラーツの街なかにある、便利な場所にレストランは建っていた。
 急な誘いにもかかわらず、十人ほどの男たちが集まった。皆一様に懐かしそうな顔をしてお互いの健康を讃えあい、年よりずっと若く見えるとあいさつ代わりに一言添え、仕事など近況を語り合った。音楽の表舞台で活躍し続けているものは、半分もいない。裏方として支える側に回ったり、全く別な仕事に就いたものもいた。

 カン・マエはひととおりの話をした以外は、ほとんど聞く一方である。興味ある話があったからではなく、彼は自分の話をするのが苦手なのだ。当然、付き合いはじめて間がないトゥ・ルミのことを自分から知らせる気はさらさらない。
 適当に時間が過ぎれば、もうウィーンは無理なのでグラーツの元のホテルに延泊するつもりだ。
 
 カン・マエは、皆の話を聞き流しつつ料理がどのように作られたか考えながら、ゆっくり味わっていた。 赤ワインはなかなかだ、どこのものか後で訊ねてみよう。
 そんなことを考えていると、スマホの着信に気が付ついた。

 彼は着信相手を確認し、何気なく席を立った。このレストランには、中庭があるのでドアを通って出た。
 初夏の夜、昼間の熱気はなく涼しい風が心地よかった。ベンチに座って、長い指でスマホを操作すると、すぐに月の写真が表れた。
 そして、添えられたメールを読んだ。
  
――――この間は、ショパンのコンチェルトをありがとう、お礼に月の写真を送ります。今、また第二楽章を聴いたら、先生と一緒に月を眺めたかったなあ、と少し切なくなりました。ちょうどそちらは夜よね、まんまるの月が見えますか。晴れていたら、是非見てね。私がたっぷりお願いしたばかりの月だよ、先生。課題が早く片付いて、先生の元へ行けますようにって。先生も願ってよね。

 カン・マエは、スマートフォンをベンチに置き、立ち上った。頬を緩ませ夜空を見上げると、月は空高く昇っている。くっきりした美しい姿で、彼にたくさんの光を注いでいる。太陽からの借り物ではあるが、月は輝く星なのだとしみじみ思うほどエネルギーに満ちていた。
 そして、彼はソクランで月を眺めるトゥ・ルミをこころに浮かべた。
 
 
 しばらくすると、背後に人の気配がする。
 
「わぁ、甘いメールだな、ルミちゃんからか。おお。写真もあるんだな。月の写真、きれいだな」

 振り返ると、ミョンファンは、カン・マエのスマホを手にしているではないか。
 カン・マエは、眉をひきつらせ、ミョンファンを睨んだ。
 
「こら、勝手に人のものを……」

「いいなあ、ゴヌは。公私ともに順調か……」

 カン・マエはさっと、ミョンファンからスマホを奪い返した。
 
「まったく、なんて奴だ」

「いいじゃないか、幸せなんだから。ちょっとぐらい、幸せのおすそ分けしてくれよ」

 ミョンファンはそう言うと、月に向かって叫んだ。

「ルミちゃーん!」

「なれなれしく呼ぶな!」

 ミョンファンは酔いも手伝って、いつも以上にベラベラとしゃべり続ける。「いいなあいいなあ、若いし、可愛いし~」と旧友の新しい恋人のことを、さんざんうらやましがった。
 
「ああ。俺の運命の人は、今いずこに」

 ミョンファンは芝居のセリフのように大袈裟に言ったかと思うと、今度はベンチにどっかり腰掛け、しみじみため息をついた。
 
「月のように手が届かないから、よけいに欲しくなるのかな」

  しゅんとした表情で、うって変わって小さくつぶやくミョンファン。

「おまえってやつは……。あっちこっちにたくさんいる女では足りないのか」

 ミョンファンは、わかってないなという顔で言った。

「せめて、賑やかに過ごすしかないんだよ。一番ほしいものが手に入らないから」

 そう言うミョンファンは、おちゃらけていた人間とは思えない、虚ろな目をしていた。

「何だって? おまえ、誰のことを言っているんだ」

 その問いに、ミョンファンはしばらく黙っていた。


 ようやくミョンファンが口を開こうとしたとき、レストランのなかから声がかかった。

「ふたりとも、誕生日のやつがいるから、乾杯するぞ~」
 
 ふたりは入口を振り返った。

「ほいよ、今行く」

 そう言ったミョンファンは、いつも通りの彼に戻っていた。カン・マエは小首をかしげながらも、彼のあとについてレストランのなかへ入って行った。
 カン・マエもミョンファンに浮かんだ翳りのことは、すぐに忘れた。誕生日を迎えた同窓生に「よい一年を」の一言ぐらい述べてホテルに帰るとしよう、明日は朝一番でウィーンに帰るのだから。

 カン・マエは乾杯のワインを、じっくり舌のなかほどで味わいつつ、ファツィオリの音色のことを考えていた。






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