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Breve Intermedi(短編・再会後)

例えば、美しい春の月明かりのような

 ←「例えば、美しい春の月明かりのような」まえがき →七夕であり。+ コメント返礼
 トゥ・ルミとハ・イドゥンは、ソクランの街の中心から離れたところにある図書館に来て、机に座ってそれぞれテキストを開いていた。
 
  
 カン・マエがルミを日の出の丘へ迎えに行ってからほどなくして、ふたり向かい合っていた、あの図書館である。
 あれから、半年ほど時間が流れている。

 付き合い始めて日の浅いふたりはソクランとウィーン、離れた場所に身を置きながらもお互い想い合う日々が続いていた。
 


Chopin Piano Concerto No. 1, 2 Movement Romanze, Larghetto 1/2



 あの頃、最初の出会いから彼が韓国を離れるまでの間に、カン・マエとの甘い思い出は少ない。
 それだけに図書館で向かい合って座ったこと、一緒に外へ出て歩いたことの印象は強いままであり、きっといつまでも忘れないとルミは思う。
 
 ルミはソクラン音楽大学の大学院で作曲と編曲を学んでいる。
 学生時代の不勉強がたたって、教科によってはかなり基礎的なところからやり直さねばならないのだった。
 
 ハ・イドゥンは英才スクールで日々フルートのレッスンを受けている。
 約半年まえにコンクールで二位に入賞したことで、彼女は自分の才能に賭けるべくはっきり将来を見据えた。
 自分が音楽家として成功すれば、環境に恵まれない子どもたちに希望を与えられるかもしれない。
  
 しかし、その前に、音楽以外に越えなくてはならないことが、イドゥンのまえに立ちはだかっていた。
 
 彼女は高校を中退してしまったため、このままでは大学に進学できないのだ。
 英才スクールのスタッフもイドゥンの問題を承知し、高校卒業を認定する試験を受けるように促している。
 もちろん自分のことだ、イドゥン自身もしっかり考えている。
 
 ただ、 高校を中退するときに思い及ばなかったことを、彼女自身落胆したことは確かだ。
 どんなに才能があっても、抜け出せない洞穴の底に沈んだ人生なのだという諦め、そしてそんな彼女を引き上げようとする大人がいない世の中にもすっかり嫌気がさした。
 八方ふさがりで、どの道辞める以外に方法はなかったのである。
 高卒の資格がないと大学に行けない、と今慌てることになったのもやむを得ないことなのだ。
 
 認定試験について調べていくと、内容としては難しいものではなさそうで、イドゥンはいくらか安堵した。
 大学入試と違って落とすためのものではなく、何か事情があって進学を諦めたり中退したものに道を開くため、との情報はあちらこちらにあった。
  
  
 図書館の机で本を開くふたり、ルミとイドゥンは難しい顔をしている。ともに目下の問題が進まないらしい。
 ルミは「イェッペセン対位法――パレストリーナ様式の歴史と実習」、イドゥンは「関数と確率」を開いている。
 おそらくふたりにとってハードルの高い課題なのだろう。
 
 本を閉じ、両腕を上げて大きく伸びをしたのはイドゥンだった。
 
「あーもう、ルミ姉、もう嫌だー。大学なんていいや」

 静まり返った図書館に、イドゥンの声は控えめながらも響いてしまう。
 ルミは人差し指を口にあてた。

「イドゥン、まだ始めて一時間も経っていないでしょ」

 ルミは妹のようなイドゥンを励ますように、ささやいた。
 
 
 
 ふたりは、図書館の外の小径(こみち)をテキストの入った大きめのバッグを肩にかけて並んで歩く。
 
「ああ、ひどいな。もう、騙されたー」

 イドゥンは口を尖らせた。
 
「何が?どうして?」

「だって、英才スクールの先生も友だちも揃って簡単だっていうからやる気になったのに、全然わかんないじゃん」

「そりゃ、いくら簡単だって言ったって、イドゥンは高校に入ってからほとんど勉強してなかったでしょ」

「したくても、できなかったの」

「わかってる。私が言いたいのはね、軌道に乗るまではちょっと大変だよってこと」
 
 イドゥンは黙って、何か考えているようだった。ルミは優しく励ました。 

「私ができるだけのことをするわ、イドゥン。そう何もかもいっぺんにやろうというのがね、無理ってものよ」

 しばらくイドゥンは答えなかったが、ようやく口を開いた。
 
「うん、じゃルミ姉に任せる」

「私は英語の面倒は見れると思うけど、数学は……」

「じゃ、ジュンギさんに頼んでみようかな」

 イドゥンの声には張りが戻り、ニコッと笑って見せた。

「あ、そうだ、ジュンギさんなら理系教科はバッチリね」

 ルミはとにかく、前向きになった様子のイドゥンにほっとした。
 
 
 ルミは、イドゥンを今住んでいるアパートに連れて来た。
 居室がふたつに、キッチンなど水回りが一揃い。あまり広くはないが、可愛らしい色のものが多く、居心地が良さそうな感じだ。
 ルミのソクランでの暮らしは、世界的指揮者の恋人としてはかなり慎ましいものである。
 大学近くのアパートを、学生同士シェアしているのである。ちょうど、ルームメイトの女子学生は兄弟の結婚式で帰省して留守であった。

 ふたりは昼食を取り、再び教科書とノートを開いて勉強の再開である。ルミのアパートのキッチンテーブルのほうはかどる、とイドゥン。
 教科は英語に変え、疑問があればルミにたずねて次々解決した。イドゥンの集中力は高いので、乗ってきたらかなりのペースで進んだ。
 
 ルミも難しい本ではあるが、意味を調べながら根気よく読み込んでいった。
 
 夕方になり、そろそろイドゥンは帰宅時間が近づきつつある。

 
 イドゥンは本やノートをしまいながら、ルミに言った。

「ルミ姉、何か音楽聴きたいな、今、プレイヤーに何が入ってるの?聴いてもいい?」

「え、っと、ああいいわよ」

 ルミがオーディオセットのボタンを押すと、ショパンのピアノ協奏曲第一番が流れる。

「これ、どこのオーケストラ? CDケースはある?」

「あ、あるにはあるけど、曲名しか書いてないわよ」

 手渡されたケースは、透明でプライベートの録音のようである。小首を傾げるイドゥンにルミは言った。

「あのね、これ、先生がくれたのよ」

 イドゥンはルミの顔をまじまじと見つめる。

「へえぇ、そうなの」

 イドゥンは興味津々と言った表情である。

「うん、ライブ録音なんだけど……指揮は先生でオーケストラはミュンヘンフィル。この間の公演で演奏した曲なんだけどね」
 
 イドゥンは満面の笑みを浮かべて言った。

「へえぇカン・マエがね、そんなことをするんだ。自分の演奏会のライブ録音をね。で、ルミ姉もそれいつも聴いているんだ、わぁ」
 
 ちょっとからかい気味に言うイドゥン自身、ソクランでの日々を思うとおとぎ話のようで、現実味がない。付き合いはじめてからのふたり一緒のところを見ていないせいも、あるからだろう。
 実際、あの口の悪い中年男がどうやってルミ姉を口説いたのだろう、とイドゥンは思う。イドゥンに限らず誰がルミにたずねても、恥ずかしがって肝心なことを聞きだせないままであることも、現実味がない大きな理由だろう。

「とにかく、ルミ姉は愛されてるってことだね、でなきゃあたしそもそも許さないけど」

 口を尖らせるイドゥン。いくら彼が偉大な指揮者であっても。彼女はどこまでもルミは大切な「姉」的存在だ。だからルミの顔がこのまま輝いていられるように、と願うイドゥンである。
 
 イドゥンは、透明のケースを開き、曲名に続いて書かれていることばを声に出して読んだ。

「『遊ぶ暇があればよい音楽を聴け』、え~ないわこんなの」

 イドゥンは呆れたように言った。

「だよね、私遊ぶどころか頑張って勉強しているのにね」

 ルミは苦笑いをしている。 

「そこじゃないでしょ、ルミ姉~。たく、もう。ルミ姉と付き合っても、カン・マエの奴、唐変木のままなんだね。はぁ。遠く離れたところにいる恋人に、こんなことを書いてくるの」

 ははは、とルミは嬉しそうに笑った。イドゥンの言いたいことをよそに、「遠く離れたところにいる恋人」ということばが、新鮮でこそばゆいような感覚に陥る。 未だにカン・マエとのことを言われることに、慣れていないのだ。

「ちょっと、ルミ姉。私、ルミ姉が喜ぶようなこと言っているんじゃないってば」

 さらに呆れるイドゥンに、ルミは言った。

「先生は相変わらずだけど、表面と内側はだいぶ違うの。態度は相当なものだったけど、ほら、結局、先生のやってきたことには後から考えれば私たちを思ってのことだったでしょ?」

 イドゥンはうなずいた。
 市長が交代し市響を取り巻く環境が厳しくなるなか、指揮者としての契約を解除されても残り、団員のために彼としてできるだけのことをしてくれたのだ。むろん、そこにはルミの説得もあったからだが。

「でなきゃ、ルミ姉が惹かれるわけないよね。それに最後は第九の指揮まで……、ね」

 イドゥンが言い添えると、ふたりはしばらく黙っていた。
 
 寒風の中、市民公園でベートーベンの最後の交響曲を演奏したときのことをこころに浮かべていたからである。
 あの場にいた者、誰にとっても忘れられない場面だ……。
 
「短い間だったけど、カン・マエやルミ姉、団員の皆との時間はキラキラした思い出がいっぱい」

 イドゥンは涙を浮かべつつも、笑っている。

「ガビョンおじいさんにも、出会えたし」

「英才スクールへの足掛かりも、背中を押してくれたのも、皆のおかげ。カン・マエも実は気にしてくれていたんだよね、ルミ姉」

 
 ショパンのピアノ協奏曲は第一楽章のコーダに入っていた。
 
 ルミは紅茶を花模様のティーセットに注ぎ、クッキーを陶製の白い器に入れてテーブルに並べた。
 
 そして、ロマンツェ、ラルゲットの第二楽章。弦の序奏にピアノの甘美なメロディがのっていく。

「そうだ、この第二楽章のこと、ショパンがことばを残していたんじゃない?」
 
 イドゥンはクッキーを食べながら、ルミにたずねる。

「ええ、そうよ、確か友だちに宛てた手紙にね」

 ルミはスマホで検索して見せると、イドゥンは声に出して読んだ。

「ここでは僕は力強さなどは求めはしなかった。むしろ浪漫的な、静穏な、半ば憂鬱な気持ちでそれを作曲した」

 ルミはじっくり聞いている。
 
「楽しい、無数の追憶を思い起こさせるような場所が浮かぶように、表さねばならない。例えば、美しい春の月明かりのような」
 
 イドゥンは読み終えて、感想をもらした。

「楽しい無数の追憶……、素敵な言葉ね。ショパンはピアノの詩人と言われるけど、そもそも詩人だわ」

 ルミはうなづき、そして言った。
 
「確かにそうね」

 ピアノとオーケストラはこころを溶かすような愛らしい音を刻む。ショパンの世界へ入り込んだふたりは、それぞれの想いを内に秘めながらうっとり聴き入った。
 

 イドゥンは自宅に向かう車のなかで、運転するルミに言った。
 
「ルミ姉寂しそうかなと思ったけど、大丈夫そうだね」

 ルミは唐突なイドゥンのことばを、驚きながらも嬉しく受け止めた。

「イドゥンもおとなね、そんな心配してくれるなんて」 

「当ったり前よ、高校をもうすぐ卒業する年なんだからね。私なんかまだ子どもっぽいって言われるぐらいだけど」

 元気よくそう言った後、イドゥンの口調は柔らかくなった。
 
「ルミ姉、ぜったい幸せになってね。後から振り返って、フレデリック・ショパンのことば通り、楽しい無数の追憶になるように、ね」

 ルミはイドゥンのことばに、カン・マエをこころに浮かべずにはいられなかった。
 そんなずっと先のことまでとても考えられない。
 今は、次に会う時まで寂しい気持ちを抑え込んで目の前の課題に向かうのみなのだ。
 ふだんしまいこんである彼への追慕の情に、ルミは涙がこぼれそうだ。
 
「遠距離恋愛で大変だけど……、今度ウィーンに行ったら、カン・マエによろしく言っておいて」

 イドゥンは態度があらいところもあるけど、心根は優しい。まるで、あの人のようだと思うと、出かかった涙の代わりに笑顔が浮かんだ。
 
「必ず伝えるわ、イドゥン」


 ルミがイドゥンを家まで送り届け、途中買い物をして帰宅するころは空に月が登っていた。
 信号待ちで車のフロントガラスから空を見上げたルミの大きな瞳に、満月だろうかそれに近い月齢なのだろう、丸いきれいな月が写る。
 
 ルミは橋のたもと近くに来ると、車を降りた。そして、スマホを夜景モードにして、写真を撮りはじめた。
 先生に素敵な月の写真を送ろう、何かことばを添えて。
 気に入る写真が撮れるまで、ルミは続けた。ウィーンにいる先生が喜んでくれたらいいな、そして自分と同じように月を眺めてくれたらいいな、と思いながら。



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