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Breve Intermedi(短編・再会後)

道化師の朝の歌

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Alborada del gracioso 


 ぽかりと幾つか雲が浮かび、それが空の青さを強調しているように晴れわたる冬の朝。
 韓国人女性トゥ・ルミの乗った飛行機はフランスのビアリッツ・アングレ・バヨンヌ空港に定刻より早く到着した。暖房の効きすぎた機内を出ると、冷えた空気がかえって心地よく感じられた。
 
 空港から彼女は指揮者を職業とする恋人から言われた通りタクシーに乗った。スペインの目的地へは、モーリス・ラヴェルの出生地も含む「バスク」という地域を通る。ルミはにわかに仕入れた知識を思い起こす。
 バスクはフランスとスペインの国境をまたぐ地域。どちらの国にも同化しない独立を保った文化は、多くの外国人を惹きつけてやまない。もっとも、ルミは観光に来たというより、カン・マエがいる場所がたまたまバスク地方だったから訪れることになったのだが。そのカン・マエは、指揮者としての仕事のために滞在している。
 
 目指すサン・セバスチャンは、フランスの西、スペインの北に位置するビスカヤ湾の奥深く海岸線にある、美しいリゾート地である。
 元々は小さな漁村であったこの街は、ナポレオンの侵攻やスペイン内戦による圧政など、大国に挟まれるがゆえの困難な時代を超えて、今や世界屈指の美食の街となり、「サン・セバスチャンの奇跡」として賞賛されている。
 
 トゥ・ルミは一時間に満たない海辺と小高い丘の続く車窓からの眺めを楽しんだのち、サン・セバスチャン郊外のカン・マエが予約したヴィラに着いた。そして、旅の汗を流し、疲れを取るためベッドに身を横たえた。
 午後になり時間をかけて支度をしたのは、久しぶりのカン・マエとの再会のためであり、また美食の街のなかでも有名なレストランに行くからでもある。いつものウィーンでの再会とは違うときめきを感じていた。

 付き合いはじめて、四季が二回巡る。遠い距離を隔ててそれぞれの暮らしを続けている二人。
 ルミはしかし、自分で選んだ道でもあり、易々とこぼすことはなかった。カン・マエはなおのこと、再会も別れも淡々としていた。眠れぬ夜には次にルミに会う日を手帳をめくって確認したり、まだまだ先であることにため息をついたりするくせに、誰にもルミにすらそんな素振りは見せない。
 今回も少しでも早く逢いたいというルミの要望に応えたふうになっているが、その実彼のほうこそ望んでいるのだ。
  
 タクシーを降りて、ルミはカン・マエから指定された旧市街の、両側に建築物が連なる通りの一軒である古書店に入った。雨が降ってくるかもしれない上、外で人を待つには適さない季節だ。
 この通りは観光名所でもあり、国籍もいろいろな旅行者が連れ立って歩いている。
 ベージュのカシミアのコートをまとったルミは、店の出入り口近くの窓のそばに立っていた。 
 もうすぐ逢えると思うと、胸の高鳴が抑えられそうにない、ルミ。知らない街に一人でいることの所在なさも感じていた。
「先生、仕事は順調かしら? もう、一秒も待っていられないぐらい」
 韓国語のつぶやきを、理解する者はいない。ルミは綺麗な装丁の本を手に取ってみるも、もちろん心はここにあらずだ。
 
 カン・マエは、ほぼ時間通りにやって来た。
 ショーウィンドウの飾りのように、本屋の外からも見えるところに立っているルミの横顔がチラリと目に入ったとき彼は狂おしいほどの愛おしさを感じが、表情はいつもの平然とした様である。 
「おい、トゥ・ルミ」
 ダークグレーのコート姿のカン・マエは、恋人の背中に声をかける。
 ルミはパッと振り返り、「せ、先生!」と一言発して彼に抱きついた。人前では滅多にそのようなことをしない彼女のはずで、カン・マエはいささか驚いたような顔になる。
「おまえ、どうしたんだ」
「逢いたかったの、すごく」
 彼はしっかりと抱きつかれた彼女の背中に手を回し、軽くポンポンと叩いた。
 ルミは気が済んだのか、そっと腕を解き少し離れた。恥ずかしそうに、上目づかいに最愛の男を見る。
 そして、微笑みながら言った。
「先生、うまくお仕事は終わりました?」
「ああ」
 最低限の返事にも、ルミは慣れっこである。
「良かった」とつぶやくように言う。そのルミのほんわりした表情に、彼もつられてふっと頬を緩ませた。

 カン・マエはルミの手に持っている「中世秘密結社となぞの儀式」という本を訝しげに見たが、スペイン語の本。彼女がわかって持っていたわけではなく、何となく美しい装丁の本を手に取っただけなのだ。わかりながらも、彼は言った。
「それ、買うのか?」
「まさか、先生ったら……私が読めるわけないじゃないですか」
 口元を歪めた彼女に満足したのち、彼は言った。 
「ヌエバ・コッシーナの名店に連れて行ってやる」
「ヌエバ・コッシーナって、あの新しいスペイン料理のことですか」
 ルミは世界に名だたる美食の街で、最高の料理を味わえることに、目を輝かせる。
 カン・マエはそんな年若の恋人を楽しそうに見つめた。
「そうだ、しかしまだ時間はあるな。少しこの辺りを歩くか」
「はい」
 トゥ・ルミはニッコリ頷いた。二人は古書店を出ると、大聖堂に向かってゆっくり歩きはじめた。
 
 
 約一時間半ほど経ってほどよくお腹を空かせた二人は、新市街にあるモダンなインテリアのリストランテにいた。
 コートを脱いだカン・マエは、濃紺のジャケット、薄桃色のシャツに黄金色の無地のネクタイを閉め、グレンチェックのスラックス姿だった。ルミは、白い肌を引き立てる萌黄色のシンプルなデザインのワンピースに彼が贈ったプラチナのネックレスをしていた。
 上客を見慣れたギャルソンたちであるが、スタイリッシュな東洋人カップルに心のなかで賛辞を送っていた。
「お待ちしていました、カン・ゴヌ様ですね。どうぞこちらへ」
 ギャルソンは、先に立って案内した。
 カン・マエが予約のときに特別なオーダーをしたわけではないが、予約者リストの名前を見て、スタッフの一人が地元のオーケストラに客演する指揮者と気がつき、ほかの客からは背中しか見えない奥まった場所が用意されることとなった。
 
 ワインリストからカン・マエはメイン料理に合わせて、白のフルーティなルミにも飲みやすい味わいのものを頼んだ。
  
 前菜の一つ目、「キノコと松の実 シトラス添え」。
 マッシュルームの上に松の実とつぶしたナッツが重なり、レモン汁を加えたさっぱりしたソース。木の葉の形をした木製のプレート派食材が豊かな山の幸であることをさりげなく示していた。目にも優しい色合いに、ルミは「食べるのがもったいない」と言ってしばらく眺めていた。
「そんなに見てばかりいないで食べろ」とカン・マエに飽きれて言われるまで見蕩れていた。

 次は「ニンジンとサムジャン ヒルダ風」。
 細長いニンジンに黒いキノコや酢漬けの赤ピーマンなどが散りばめられ、ソースに韓国の辛みそが効かされてあった。
 ルミは韓国の辛みそと聞いて「ほら、先生。韓国の食材だっていいものはたくさんあるんですよ」と言うのを忘れなかった。

 前菜の最後は「チョリソとトニック」。
 潰した空き缶にのって出てくると、ルミは吹き出した。そして何度も「おもしろいな」とつぶやいた。
 チョリソ(ソーセージ)とマンゴーのムース、口の中で辛みと甘酸っぱさが溶けあうような味わいだった。
 
 ルミは前菜を一口一口味わっては感激し、ニコニコしっぱなしである。
「おまえ、喜ぶのはいいが、顔が緩みっぱなしで元に戻らなくなるぞ」
 カン・マエはそう言いながらも、これほど美味しそうに食べる女はいないと思い、彼女もアペタイザーとして大いに役立っていることを認めないわけにはいかなかった。

 メインの料理が運ばれてきた。
 緑色の丸いランプシェードのようなものが皿にのっていて、ルミは驚きで目を真ん丸にしている。
 ギャルソンは、ルミの豊かな表情を喜ばしく見ていた。
「ここは、どの料理も趣向が凝らしてあって、すばらしい」
 カン・マエは広角をあげ、満足そうに頷く。 
 これこそヌエバ・コッシーナの真骨頂。味は当然のことながら、見せ方など味以外のことでも常に進化し驚きを与えるべく、研究を重ねているのだ。水晶玉を模した球はほうれん草と海藻を混ぜて伸ばしたもので、苦心の末メニューに加えられた。
 カン・マエはギャルソンにこの「アンコウ 占い師風」の食べ方を訊ねた。
 緑の球は、フォークで叩くと簡単に割れ、そのまま薬味のように料理を飾った。冬のバスク料理の主役であるアンコウの絶妙なバランスの味わいは、二人を至福へと導いた。
 
 カン・マエは、お礼を言いたいとギャルソンにシェフを呼ぶよう頼んだ。
 厨房が一段落すると、このリストランテの初老のオーナーシェフがテーブルへ来た。
 彼は自信たっぷりに二人に訊ねる。
「お気に召しましたでしょうか」
 ルミは満面の笑みで、片言のスペイン語で言った。
「本当に美味しかったです」
 するとシェフもニッコリ笑いハングルで「ありがとう」と返した。
 カン・マエは深く頷いただけでなく、ことばで芸術的料理に賛辞を述べた。
「仕事仲間に勧められたのですが、期待を裏切らない本当に見事な料理で感服しました。期待以上のものを与えてくれましたよ」
 オーナーシェフは微笑み、そして真剣な眼差しで言った。
「あなたの演奏会と同じですね」
 カン・マエは、ふっと小さく笑う。
「これは、失礼しました。あなたは指揮者のカン・ゴヌさんですね、今度ここのオーケストラを指揮される……」
 カン・マエは軽い頷きで応え、ルミは「大好きな先生」を彼がすでに知っているようなので嬉しそうだ。
「あなたの公演のチケットは、今や手に入れるのが困難ですな。見事なご活躍で」
 カン・マエとオーナーシェフはお互い中途半端を嫌うプロ中のプロ同士、しばらく音楽や料理の話を続けた。
 
 オーナーシェフは二人の宿泊先を知ると、とても行き届いた評判良いヴィラだと言い、
「そうそう、あそこのスタッフにはラヴェル弾きがいますよ、プロにはならなかったですがとても上手です。素敵なピアノがラウンジにありますから、何かリクエストされたらいいですよ」
「特に、あー、そうそう『道化師の朝の歌』は彼の得意中の得意としていますから。きっと喜んで弾いてくれるでしょう」
 彼は、親切に二人が喜びそうなことを考えてくれるようだ。ルミはことばを理解できなくとも、このオーナーシェフをはじめとしてスタッフに温かさを感じた。異国から来たものに対する親切もあるだろうが、彼らの普段の人と人との絆からににじみ出るものがあるのだろう。まだ滞在から一日も経っていないルミだが、バスクという未知であったこの場所に、すっかり魅了されていた。


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