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Breve Intermedi(短編・再会後)

ピアノ五重奏「ます」後編

 ←ピアノ五重奏「ます」前編 →ご訪問への感謝と恋チュンダンス
続きです。
前編・後編とものちほど日付を変えて、時系列順に並べます。






 サロンコンサート翌日はうって変わって雪がパラパラ舞い、寒風が吹く荒れた天気になった。今日はどこにも出かけず家で過ごすことになりそうだ。

Schubert: Piano Quintet ''The Trout''2/2
   
 カン・マエは書斎で彼がマネージメント契約をしている事務所からの、資料に目を通していた。そこへエプロン姿のルミがエスプレッソを運んできた。
「先生、変なお天気になってしまいましたね」
「本当だな。今日は外出しないほうが良いだろう」
「ええ、行きたかったけど……でも家でゆっくりするのもいいですね」
「ああ、まあそうだな。食べ物も冷蔵庫に揃っているから問題ない」
 カン・マエはエスプレッソを飲み干し、ルミはカップを丸盆にのせた。

 二人は同時に口を開いた。
「そうそう」
「そうだ」
 カン・マエとルミは口元を緩めて、お互いを見てまた同時に口を開く。
「何でした?先生」
「何だ?」
 カン・マエがおまえが先に話せと顎をしゃくった。
「あの、昨日の演奏会があまりに良かったせいか……それに先生といろいろ話をしたせいね、昨晩夢を見たんです」
「おまえもか」
「え、先生も……?」
「どんな夢だ?」
「お母さんとお姉ちゃんと私三人で三重奏をやっているの、昔みたいに」
「ふん、おまえ私の提案を早速夢の中でやってみたのか」
 夢の中までルミが従順で、口調とは反対に満更でもなさそうなカン・マエである。
「でね、昔に戻っているのになぜか今のままの先生がいて……ダメだしばっかり」
「私はアマチュアには甘いぞ」
 彼は心外だと言わんばかりである。
「それは嘘ですね、ほらソクランでは……」
「おまえたちがいっぱしに大舞台で公演などするというからだ。内輪での演奏なら褒めるぞ、どんな演奏でも」
 カン・マエは迷いなく言うので、ルミは不満げに頬を膨らまし、低い声でぼそっと言った。 
「はあ。まあ、それを聞いたら褒められても嬉しくないなー、きっと」
 カン・マエは恋人になったばかりのずっと年若い彼女のそんな表情が好みであるが、いつも以上に冷静な顔になる。
「今のおまえなら、演奏しようという気になるだけでも大したことだろ」
 彼はそっけなく横を向いた。ふと出た言葉は、彼にとっては最大の慰めのつもりなのだ。付き合いはじめであるが、ソクランでの日々も入れればそれなりの時間は経ていたので、ルミには彼の心根にあるものが伝わったようである。
 そうなのだ、とルミは思う。右耳の聴力は残ったものの、耳鳴りやときどきひどい頭痛に苛まれることもある。はたして再びバイオリンを弾くことができるのか、弾けたとしてもそれを楽しめるのかはわからないのだ。

「ところで、先生の夢ってどんなだったの?」
「ああ、昨日と同じシューベルトのピアノ五重奏だ……有名な第四楽章ではなく、賑やかな最終楽章だった。」
「へえー、それで?誰が弾いていたの? ひょっとして私がバイオリンとか」
「そうだ」
 彼は何事もなさそうないつもの調子のままだ。
「わぁー、嬉しい。夢のなかでも私は先生の一番なんだー。」
 ふふふっとルミはこれ以上ないぐらいに笑みが溢れる。
 なんてオメデタイ思考の持ち主なのだと思いつつも、彼女の言うとおりに違いないと認めている。
「じゃ、ビオラは?」
「ああ、リチャード・ヨンジェ・オニールだったな。」
「え!? 私の隣で、プロのヴィオリストが……。先生!そんないい夢を見てくれたの、どれだけ愛されているのかしら、私」
 喜びをストレートに表すルミの言葉に、ニコリともせず彼は続けた。
「それから、チェロは……ヒヨンさんだったな、チェロは続けているだろうか」
「ええ、たぶん。マウスフィルのメンバーでアマチュアのオーケストラを作る話が進んでいるらしいですから」
「そうか、それは良かった」
 ヒヨンにとってチェロは人生を転換させた大切なものだったはずで、彼女ならどうにかして続けていくに違いないとカン・マエは思っていた。いつも彼が指揮者として臨むプロ中のプロのオーケストラのメンバーとのレベルは比べものにもならないが、しかし長い間心の奥に持ち続けた音楽への思いには感じ入るところは確かにあった。

 ルミは好奇心いっぱいの表情で訊ねる。
「コントラバスも、ソクランのメンバーですか?」
カン・マエは首を微かに横に振りながら、口を開く。
「コントラバスは、パ……」
 彼は昔の知人の名前を口にしようとしたのだが、はっとして口をつぐむ。
「パ……だれですか?」
 ルミの目は楽しげにその続きを待っている。
「あ、ああ、そうだ、パク・ヒョッコンだ」
「やっぱり~?」
「やっぱりとは」
「先生って、厳しいことばかり言うけどなんて優しいの。先輩、いろいろあって大変だったのを知っていて、ちゃんと気にかけていたんですよね」
 ルミは自分の言葉にしみじみ頷く。たまたま頭にきた音が同じだったからつい口にしたまでのこと、それを物凄く良い人間であるかのように言われて、彼は後ろめたさが倍増した。
 
 それは――――夢のなかでコントラバスを弾いていたのは、パク・ヒョッコンではなくパトリツィア・クオモという名の女性だったからだ。ルミに誰?と聞かれたら適当に答えればよいものを口にするのも憚られたのは、その女性は彼にとって忘れがたい存在であったためだ。
 
 言葉が途切れたまま、しばし沈黙が流れた。
 ルミはとうとう口を開いた。
「先生、先生ってば。どうしたんです? 先生のことせっかく褒めたのに」
 ルミのいじけたように訊ねる。
「ああ、ちょっとややこしい案件があってな……。」

 彼の言葉を素直に聞くルミ。人間にはいろいろな面がある、年を重ねてきたものならばそれなりに口にしにくい過去が少なからずあるものだが、ルミは考えもしないようだ。
 単純な女は便利でよい、とカン・マエは不埒なことを思う。計算づくでなく、人を信じ尽くすことに生きがいを感じる女は彼の周囲には珍しい、得がたいことを感じている。 
 ルミは書斎の机に置かれたドイツ語の資料に目を落とした。
「先生まだお仕事ですよね? 私は夕食の下ごしらえしています」
 エプロンの紐を揺らす恋人の後姿を、彼はしみじみ見つめた。
 


 カン・マエの学生時代に、室内楽のメンバーでピアノ五重奏の演奏機会があった。
 第二バイオリンの妹が非番になってコントラバス奏者の姉が加わったクインテット。カン・マエはピアノで参加し、パトリツィアに出会うこととなった。もし、シューベルトが通常の弦楽四重奏とピアノで作曲していたら、彼女に会うことはなかったかもしれない。
 妹に「パッツィ」と呼ばれ振り返ったパトリツィア・クオモの、深遠な哲学を含むような懐かしい微笑みが、蘇る。イタリア人そのもの妹に対してどこか東洋的な感じがしたのは、この姉妹の母方の祖母が日本人でその血を姉のほうが色濃く継いでいたためだった。
 パトリツィアがコントラバスを演奏する直前に目を閉じる姿は、ヘレニズムのギリシャ彫刻のようだと、ピアノ越しに見て思ったものである。彼女に惹かれながらもそのときつき合っていたのが妹であったこともあり、深い関係になることはあり得なかった。

 寝た女よりも心を掴まれたまま会わなくなった女のほうが記憶に残るものだ、と彼は思う。

 思い出したからと言って未練があるわけではない。遠い過去の片鱗となって彼の人生の「いろいろ」として溶け、指揮者としての彼の人生の一部になっていることは確かだろう。
 どんな出会いもたとえ一夜限りの関係にせよ、彼にとっては全てが今の自分を成り立たせていると思うのだ。破天荒に生きていた時を経ての今の自分である。だからこそルミを求めるようにもなったのだ。
   
 しかし。
 ルミのような凡庸な女には理解できない、あれこれ話してわざわざ混乱させ悩ませることはない、と彼は考えた。彼女には簡明であり、いつまでも屈託のない笑顔を向けていてほしいと願うばかり、多分に漏れずそれがただの男の身勝手だとは露ほども考えなかった。






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